大楽源太郎隠匿とは? わかりやすく解説

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大楽源太郎隠匿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/28 10:26 UTC 版)

小河真文」の記事における「大楽源太郎隠匿」の解説

明治3年1870年)の初め頃、応変隊と七生隊有志小河・古盟主として反政府活動始める。4月5日、古頼って長州から脱走した大楽源太郎筑後国に入ると、これを保護した大楽小河に「山口藩恢復援助依頼した長州藩からの追っ手掛かった大楽柳川逃亡11月大楽小河上妻郡尾島(現筑後市尾島)に招き同志保護隠匿求めた明治4年1871年2月13日久留米城下の医者宮川宅に集まり小河寺崎三矢吉、大楽源太郎京都から来た立石正介で密議行い、「京都同志青蓮院宮奉じて久留米下向して義兵挙げ西洋心酔政府倒壊せんと決議せり」とした。 2月22日、古簡二が弾正台尋問を受け東京移送された。3月10日藩主有馬頼咸拘禁され弾正台取り調べを受ける。東京藩邸より本庄一行林田兵衛急使として帰藩、大参事水野小河責任追及した3月13日水野小河反政府首魁として逮捕された。久留米藩政府派遣した他藩の兵が進駐して戒厳令下におかれ、反乱分子追求逮捕が行われた。 12月3日判決下され小河反乱事件首魁者として斬首となった享年25処刑前に私儀元来方向誤り一時に暴挙すべく相企て候段、申しわくなく恐れ入り候」と述べている。

※この「大楽源太郎隠匿」の解説は、「小河真文」の解説の一部です。
「大楽源太郎隠匿」を含む「小河真文」の記事については、「小河真文」の概要を参照ください。

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