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堀悌吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/24 08:56 UTC 版)

堀 悌吉(ほり ていきち、1883年明治16年)8月16日 - 1959年昭和34年)5月12日)は日本の海軍軍人大分県杵築市出身。


同期生の山本五十六、後輩の井上成美からの信頼が厚く、山本権兵衛加藤友三郎らの系譜を継ぎ海軍軍政を担うと目されていたが、軍縮会議後の大角人事により中将予備役に編入される。東條内閣海相嶋田繁太郎が、「堀が開戦前に海軍大臣であれば、もっと適切に時局に対処できたのではないか」と述べている[1]ように、その才幹を惜しまれた人物である。また"戦争自体は悪である"との持論を持っていた[2]


  1. ^ 池田清『海軍と日本』(中公新書)p83
  2. ^ 宮野澄『海軍の逸材 堀悌吉』光人社NF文庫p45


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