三省堂 大辞林 |
映画情報 |
ピクニック
| 原題: | Une Partie de Campagne |
| 製作国: | フランス |
| 製作年: | 1936 |
| 配給: | フランス映画社 |
| キャスト(役名) |
| Sylvia Bataille シルヴィア・バタイユ (Henriette) |
| Jane Marken ジャーヌ・マルカン (Mrs. Dufour) |
| Andre Gabriello アンドレ・ガブリエロ (Mr. Dufour) |
| Georges Darnoux ジョルジュ・ダルヌー (Henri) |
| Jacques Borel ジャック・ボレル (Rodolphe) |
| Paul Temps ポール・タン (Anatole) |
| 解説 |
| 田舎ヘピクニックに出かけた一家の歓楽と人生の一コマを描く。製作はピエール・ブロンベルジェ、監督・脚色・脚本はジャン・ルノワール、原作(新潮社刊)はギイ・ド・モーパッサン、撮影はクロード・ルノワール、音楽はジョゼフ・コスマが各々担当。出演はシルヴィア・バタイユ、ジョルジュ・ダルヌー、アンドレ・ガブリエロなど。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 夏のある日曜日、パリで小さな店を持つデュフール(アンドレ・ガブリエロ)は、妻と娘と義母、そして使用人アナトール(ポール・タン)を連れ、ピクニックに出かけた。新鮮な空気、きらめく太陽、草のにおい。昼食後、デュフールとアナトールは昼寝、祖母は小径を散歩。自然の美しさの中、デュフール夫人と娘アンリエット(シルヴィア・バタイユ)は舟遊びの青年アンリ(ジョルジュ・ダルヌー)とロドルフ(ジャック・ボレル)に誘われる。岸に舟をよせ、抱きあうアンリとアンリエット。彼女の頬に一条の涙が。やがて大つぶの雨が、嵐にかわってゆく。数年後の日曜日、アンリは忘れることのできない想い出の河畔で、アナトールと結婚したアンリエットと再会する。そして言葉を交す。「よくここへ来るよ、素晴しい想い出のために」。「私は毎晩想い出すヮ」。 |
ピクニック
| 原題: | Picnic |
| 製作国: | アメリカ |
| 製作年: | 1955 |
| 配給: | コロムビア配給 |
| 解説 |
| 原作はブロードウェイでロング・ランを続け、1953年度のピュリッツア賞とニューヨーク劇評家賞を獲得したウィリアム・インジの舞台劇で、これを「地上より永遠に」でアカデミー賞を得たダニエル・タラダッシュが脚色し、「ミスタア・ロバーツ」を脚色したジョシュア・ローガンが始めて監督した。撮影は「愛しのシバよ帰れ」のジェームズ・ウォン・ホウ、作曲は「長い灰色の線」のジョージ・ダニング。主な出演者は、「慕情」のウィリアム・ホールデン、「殺人者はバッジをつけていた」のキム・ノヴァクを始め、久しく銀幕から遠ざかっていたロザリンド・ラッセル、「蜘蛛の巣」の新星スーザン・ストラスバーグ、ベティ・フィールドなど。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 9月の第1月曜日——労働休日の朝まだき、カンサスの小さな町に貨車からおりたのはハル(ウィリアム・ホールデン)という青年であった。無1文の彼は、実業家を父に持つ大学時代の友人アラン(C・ロバートストン)を頼って来たのだが、沿線沿いにあるポッツ家の庭仕事をさせて貰うことで、やっと朝飯にありついた。半裸体で仕事を始めたハルの姿は、庭つづきのオウェンス家の人たちの注目の的となった。オウェンス家はフロー夫人(ベティ・フィールド)、姉娘マッジ(キム・ノヴァク)、妹娘ミリー(スーザン・ストラスバーグ)、それに同居人のローズマリー(ロザリンド・ラッセル)の4人暮らしだった。さて、この町では夏の最後の一夜を楽しむために、町中の人たちが総出でピクニックに出かける習慣があり、マッジはアランと、ローズマリーはハワード(アーサー・オコンネル)と。そしてハルもアランから自動車を借りて、ミリーと一緒に参加することになった。カンサスは禁酒の州だというのに、ハワードがウィスキーを忍ばせて来たのはどういうわけだろう。学校教師のローズマリイはそのウィスキーのおかげで陽気になり、ミリーを相手にダンスを始めたが、ミリーは踊り方を知らない。見かねたハルが踊って見せていると、マッジがやって来た。ハルとマッジの踊りは周囲の人たちも溜息をもらすほどだった。ローズマリイがハルにからみ出した頃、ミリーが悪酔いをして大騒ぎとなり、すべてがハルの仕業と誤解されてしまった。すっかりしょげ返っていたハルを慰めたのはマッジである。ひねくれ気味のハルにマッジの体が押しかかり、2人の唇が合わされた。ハルにマッジをとられた腹いせに、アランはハルを自動車泥棒だと訴えた。その夜、隣町のハワードの家に泊まったハルは、こっそりマッジを呼び出して結婚を申し込んだが、返事を聞かないうちに貨車が来たので飛び乗った。ハルを追ってマッジがバスに乗ったのは、それからまもなくのことである。 |
ウィキペディア |
ピクニック
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/08/12 10:49 UTC 版)
ピクニック(Picnic)は、屋外に出て野山や海岸などの自然豊かな場所に出かけていき、楽しむこと。戸外での食事が含まれる傾向がみられる。
日本語の古語では野掛けという。
目次 |
概要
人間は、建物を作り、この中で生活の様々な用を済ませる。しかしピクニックでは、こういった建物から出て、戸外で日常的な活動を行うもので、この方向性には本格的な野外生活が存在するが、ピクニックではそこまで生活の長い時間を戸外で過ごすことは前提とせず、食事とそのあとの軽い行楽のみを目的とする。
食事では、主に弁当・サンドイッチ・果物などの運搬性の良い食べ物を持って行き、自然に親しみながら遊ぶ。これらの遊びはスポーツなどの本格的なものではなく、軽く体を動かす程度(散歩を含む)で、これは専ら「食後の軽い運動」程度にとどめられる。
似たような行楽にはハイキングがあるが、こちらは「てくてく歩く」という意味あいがあり、行楽地まで徒歩で移動することのほうに主体がある。ピクニックではその移動の過程は重要視されず、より純粋に戸外で食事や行楽をすることに重点が置かれている。
時代的遷移
ピクニックという風習は、ヨーロッパ貴族の狩猟遊びで栄えた。その当時は配膳などに使用人を配するなど、戸外で食事をすることを贅をこらして楽しむ傾向が見られたが、これは後に大衆化(→大衆文化)する過程で簡略化され、家族やカップルないし遊び仲間など少人数で楽しむ際に、食器を使わないでも食べられる簡便な、それでいて「食べる」という娯楽性を付与した食事が供される。
日本では公共交通機関の発展や大衆車の普及(モータリゼーション)にも伴い、気軽に自然環境の豊富な郊外に出かけることが可能となり、ハイキングよりも気軽な戸外でのレクリエーションとして好まれていった。米国でも、自動車の普及はピクニックを楽しむ大衆にとって切り離せない要素となっている様子が見いだせる。いわゆるミニバンなどファミリーカーの中には、こういった気軽な野外活動に特化したオプションを備えたり、その機能を付与するための製品も見られる。
形態
ピクニックでは、しばしば地面にマットを敷くなどして座ったり、簡略化した椅子やテーブルを設置して、そこで食事が成される。またそういった簡単な椅子やテーブルが、あらかじめ行楽地などに設置されている場合もある。
食事では、一応の運搬性が求められるが、これは自動車などを使って目的地に赴く場合は、乗物と食事を実際にする場とを往復してもよく、たとえばバーベキューセットのような荷物としては嵩張る屋外用調理用熱源が持ち出される場合もある。
戸外で楽しむ行為ではあるが、自然をただ鑑賞するなどのほかに、音楽を流して楽しむなどの目的でラジオないしラジカセのような音響機器が持ち出される傾向もあり、また映像機器の中にも液晶テレビやポータブルDVDプレーヤーのような運搬性の良い製品の登場にもよって、これを楽しむケースも見いだせよう。携帯型ゲームのような製品も、そういった延長で戸外で利用されうる。
食後の軽い遊びやスポーツでは、ボールを使い簡単な道具だけでできるキャッチボールやバドミントンなど専用のコートを必要としないものが大衆的なピクニックで行われる傾向もあるが、このほかにもフリスビーや凧揚げなど戸外で楽しめるものなら何でもよく、このあたりは余りこれといった決まりがない。食後に風景をただ眺めたり木陰で寝転がっているだけでも、ピクニックの形態としては成立する。
最終的には、食事の後始末や出たゴミの回収整理が行われる。中にはこのゴミを放置するものもいないではないが、そういった行為はマナーの上で否定される。
関連項目
- アウトドア
- 野点:戸外で茶を点て喫茶すること
- 汎ヨーロッパ・ピクニック(ピクニック事件):ベルリンの壁崩壊へと繋がる歴史的”ピクニック”
関連した本
- 夜のピクニック (新潮文庫) 恩田 陸 新潮社
- 14ひきのぴくにっく いわむら かずお 童心社
- 人生はかなりピクニック 山崎 拓巳 サンクチュアリ出版

