ヒュンダイへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 03:02 UTC 版)
2014年はWRCに再参戦するヒュンダイへ移籍し、コ・ドライバーは2010年以来となるマルク・マルティと再びコンビを組む。6戦に出場し、前半の3戦はトラブルでリタイアするも、ドイツでは初優勝したチームメイトのヌービルと共にチーム初の1-2フィニッシュを果たした。その後のフランス、カタルーニャでは優勝争いには絡めなかったが、安定した成績を残しランキング10位となった。シーズン終了後に2年契約を結び、ヌービルの事実上のNo.2ドライバーとなった。 2015年はフル参戦を果たすが、前半戦は上位争いに何度か絡むも表彰台入賞がなく伸び悩んでしまい、更に急成長中のチームメイト、ヘイデン・パッドンにまで後れを取ってしまう。シーズン後半では本来のペースを取り戻し、地元カタルーニャでは3位表彰台を獲得。ランキング8位でシーズンを終えた。2016年はテスト中のクラッシュで脊椎を損傷しフィンランドを欠場。ドイツと地元カタルーニャでは2位表彰台を獲得し、ランキング5位となった。 2017年も引き続きヒュンダイでの参戦。前半戦は好調でコルシカとポルトガルで3位表彰台を獲得するも後半戦は思うような結果を出せずランキングは前年を下回る6位となった。 2018年はヘイデン・パッドンとシートを共有する形で、ターマックイベントを中心に参戦する。この年から2013年のドイツで初優勝時に組んでいたカルロス・デル・バリオとのコンビを復活させた。開幕戦モンテカルロでは初日3位につけるも、2日目にコースオフしリタイアに終わるが、その後の第3戦メキシコで2位表彰台、第5戦アルゼンチンで3位表彰台を獲得し、抜群の安定感でチームのマニュファクチャラータイトル争いに貢献。しかし後半戦の第9戦ドイツはリタイア、母国戦となった第12戦カタルーニャでは地元初勝利が期待されるも、総合5位に終わる。ランキングではチームメイトパッドンから2ポイント差の9位でシーズンを終えた。 2019年はシトロエン時代のチームメイトセバスチャン・ローブとシートを共有する形で8戦に参戦する。第8戦イタリアでは序盤からトップを争い、最終ステージにて約30秒差でトップを走っていたトヨタのタナクが失速したことによりキャリア2勝目となる優勝が転がりこんできた。第13戦カタルーニャでも序盤はトップを争い、最終ステージを前にチームメイトのヌービルと共に1-2体制を築いていたが、最終ステージでソルドから5.8秒遅れの3位につけていたトヨタのタナクに逆転を許しタナクから0.4秒差の3位に終わった。その後最終戦オーストラリアにも追加参戦が決まりランキング4位を狙える位置につけていたが、最終戦が森林火災の影響で中止となり、ランキングでは4位浮上の可能性は消えたものの前年を上回る8位でシーズンを終えた。 2020年も前年と同じくローブとシートを共有して参戦。第3戦メキシコに出場したが、SS7でエンジンがオーバーヒートしたためやむなくリタイアとなった。第6戦イタリアでは大会連覇を目指すべく、オジェやヌービルとのタイム差を拡げながら首位につき、キャリア3勝目となる優勝を獲得した。 2021年はクレイグ・ブリーンと3台目のマシンを共有する形で、開幕戦モンテカルロに出場する。開幕戦終了後にデル・バリオとのコンビを解消し、新たにボルハ・ロザダとコンビを組む。第4戦ポルトガルで今季初の表彰台を獲得したが、第6戦をもって解消、カンディド・カレーラとコンビ組むことになった。母国戦の第11戦スペインではトヨタのオジェと3位争いを演じ、最終日は4ステージ全てベストタイムをマークし3位表彰台を獲得、最終戦モンツァでも3位に入りランキング6位でシーズンを終えた。
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