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- 自動車(トヨタ) - TOYOTA
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トヨタ自動車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 05:39 UTC 版)
(トヨタ から転送)
トヨタ自動車 本社
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| 種類 | 株式会社 | ||||||||||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | トヨタ / TMC | ||||||||||||
| 本社所在地 | 〒471-8571 本社: 愛知県豊田市トヨタ町1(地番) 東京本社: 東京都文京区後楽1-4-18 名古屋オフィス: 名古屋市中村区名駅4-7-1 |
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| 設立 | 1937年8月28日 | ||||||||||||
| 業種 | 輸送用機器 | ||||||||||||
| 事業内容 | 自動車(車種一覧を参照) | ||||||||||||
| 代表者 | 豊田章男(代表取締役社長) | ||||||||||||
| 資本金 | 3,970億円(2008年3月期) | ||||||||||||
| 売上高 | 連結:20兆5295億円(2009年3月期) 単独:9兆2784億円(2009年3月期) |
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| 営業利益 | 連結:-4610億円(2009年3月期) 単独:-1879億円(2009年3月期) |
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| 純利益 | 連結:-4369億円(2009年3月期) 単独:-566億円(2009年3月期) |
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| 純資産 | 10兆0612億円(2009年3月期) | ||||||||||||
| 総資産 | 29兆0620億円(2009年3月期) | ||||||||||||
| 従業員数 | 連結:32万808人(2009年3月期) | ||||||||||||
| 決算期 | 毎年3月31日 | ||||||||||||
| 主要株主 | 日本トラスティ・サービス信託銀行 6.08% 日本マスタートラスト信託銀行 6.05% 豊田自動織機 5.55% |
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| 主要子会社 | トヨタ車体 56.03% 豊田中央研究所 54.00% 関東自動車工業 50.08% ダイハツ工業 51.19% 日野自動車 50.11% 他多数 トヨタグループも参照 |
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| 関係する人物 | 豊田佐吉(創業者) 豊田喜一郎(創業者) 張富士夫(取締役会長) 渡辺捷昭(取締役副会長) 岡本一雄(取締役副会長) |
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| 外部リンク | http://www.toyota.co.jp/ | ||||||||||||
トヨタ自動車株式会社(トヨタじどうしゃ、英称:Toyota Motor Corporation)は、愛知県豊田市トヨタ町1番地に本社を置く自動車メーカーである。東京都文京区の東京本社をはじめとして世界各地に拠点を有する。
目次 |
概要
日本の自動車メーカーであり、日本の企業。2007年(平成19年)の世界販売台数はゼネラルモーターズの方が多い[1]。2008年(平成20年)には世界金融危機の中で897万2000台と前年より4%減少したものの、アメリカのゼネラルモーターズがそれ以上に落ち込み835万5947台にとどまったため逆転、世界で最も多く生産し販売する自動車メーカーとなった[2]。また、ダイハツ工業と日野自動車の親会社で、富士重工業の筆頭株主でもある(株式保有比率17%)。
通称「トヨタ」(日本のテレビ局・ラジオ局では、2005年(平成17年)7月より「トヨタ自動車」を改めこの呼称を使用(「レクサス」ブランドを併用するようになったため))、英語表記「TOYOTA」。トヨタグループ内では「TMC」の略称で表記される。本社がある豊田市は、日本有史以来「ころも」であり、また奈良時代以来「挙母」と表記、江戸時代には挙母藩も置かれ明治以降は挙母町、その後挙母市となった歴史ある地名であったが、1959年(昭和34年)にトヨタ自動車に合わせて「豊田市」と改称された。2009年(平成21年)6月23日に豊田章男が代表取締役社長に就任し、豊田家出身としては4人目の社長となった。
歴史
豊田佐吉(人名は「とよだ」と濁る)が創業した豊田自動織機製作所(現在の豊田自動織機)に、1933年(昭和8年)9月に開設された自動車部が起源である。この設立の中心になったのは佐吉の息子である豊田喜一郎であるが、初代社長に就任したのは佐吉の娘婿で喜一郎の義兄である豊田利三郎である。織機製作における鋳造・機械加工技術等のノウハウを活かし、研究期間を経て1935年(昭和10年)に自動車製造を開始。1937年(昭和12年)に独立した新会社「トヨタ自動車工業株式会社」が設立された。
創業当時の社名は「トヨダ」、ロゴや刻印も英語では「TOYODA」でエンブレムは漢字の「豊田」を使用していた。しかし、1936年(昭和11年)夏に行われた新トヨダマークの公募で、約27000点の応募作品から選ばれたのは「トヨダ」ではなく「トヨタ」のマークだった。その理由としては、デザイン的にスマートであること、画数が8画で縁起がいいこと、個人名から離れ社会的存在へと発展することなどが挙げられている[3]。1936年(昭和11年)9月25日には「トヨタ(TOYOTA)」の使用が開始され、翌年の自動車部門独立時も「トヨタ」が社名に採用された。
ちなみに本社所在地の豊田市の地名は有史以来「ころも」であり、奈良時代以降約1,300年間挙母と称されて来た歴史ある土地であったが、トヨタ自動車に拠り1959年(昭和34年)に「とよた」にあらためられた(本社所在地も「トヨタ町1番」である企業城下町。)。
利三郎は太平洋戦争が勃発した1941年(昭和16年)に会長に退き、第2代社長には創業者の喜一郎が就任した。太平洋戦争時は陸軍用のトラックを生産したが、物資不足のため簡素なものだった。 愛知の工場は米軍による爆撃が予定されていたが、その前に終戦となる。戦後の1950年(昭和25年)、ドッジ・ラインに伴うデフレにより経営危機に陥り豊田喜一郎社長は辞任。朝鮮戦争勃発で軍用トラック特需があり倒産を回避、同時に技術者の中村健也の監督のもと、国産自家用車の開発を開始。
帝国銀行(後の三井銀行、現・三井住友銀行)を中心とする銀行団の緊急融資の条件として、販売強化のためにトヨタ自動車販売株式会社(「自販」と略された)が設立された。これを工販分離という。この時に、融資に協力した三井銀行と東海銀行がメインバンクとなる。逆に貸付金の回収をした、三菱銀行と住友銀行は三菱は東京銀行と、住友は三井銀行と合併するまで50年も口座の開設・取引をされることはなかった。
喜一郎の後を継いだ石田退三社長の時代にはクラウン(1955年(昭和30年))、コロナ(1957年(昭和32年))、パブリカ(1961年(昭和36年))などロングセラーカーを開発し、販売網の整備を推し進めた。1956年(昭和31年)クラウンがロンドン-東京間を走破、国産自動車メーカー各社の自信となった。その後中川不器男社長時代にはスポーツ800(1964年(昭和39年))、カローラ(1966年(昭和41年))、ハイエース、2000GT(1967年(昭和42年))などを発売した。
豊田英二社長の時代にはセンチュリー(1967年)、スプリンター、マークII(1968年(昭和43年))、カリーナ、セリカ、ライトエース(1970年(昭和45年))、スターレット(1973年(昭和48年))、タウンエース(1976年(昭和51年))、ターセル、コルサ(1978年(昭和53年))、カムリ(1980年(昭和55年))、ソアラ(1981年(昭和56年))などを投入し、公害問題や排ガス規制などに対処した。販売面では1980年にビスタ店を設立し、トヨタ店、トヨペット店、カローラ店、オート店(1998年(平成10年)に「(旧)ネッツ店」に改称)とともに「販売5チャネル体制」を確立した。
1982年(昭和57年)にトヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売は合併、現在のトヨタ自動車株式会社となった。新会社の社長には喜一郎の長男・豊田章一郎が就任し、佐吉の甥である英二は会長に退いた。国内市場では1982年のビスタ、マスターエース、1984年(昭和59年)のハイラックスサーフ、MR2、1985年(昭和60年)のカリーナED、1986年(昭和61年)のスープラ、1989年のセルシオ、1990年(平成2年)のエスティマ、1991年(平成3年)のウィンダムなど次世代のトヨタを担う車種を投入し、販売高トップの座を不動のものにした。
1992年(平成4年)に章一郎は社長を退き、弟の豊田達郎が社長となった。しかし、バブル経済の崩壊は自動車業界を直撃し、トヨタもその影響を受けた。バブル崩壊後の不況の中、1995年(平成7年)に達郎は高血圧で倒れ、副社長の奥田碩が社長職を継いだ。奥田は業績が下り坂になりつつあったトヨタを再生させ、1999年(平成11年)のヴィッツ発売を機に張富士夫に社長の座を譲った。2003年(平成15年)3月末集計における従業員数は65,551人、トヨタグループの連結子会社の合計は 264,096人で日本最大、世界では第三位の企業規模となった。2004年(平成16年)には、旧ネッツ店とビスタ店が統合され、新生・ネッツ店として再出発した。
2005年(平成17年)にはトヨタ町の本社新本館が完成し地上14階、地下2階の一面ガラス張りの現代的な建物が完成。8月にはレクサス店の日本導入を果たした。同年には渡辺捷昭社長が就任。10月、ゼネラルモータースが保有していた富士重工業株(約20%)のうち8.7%を取得し筆頭株主になった上で、提携を結ぶことを発表。2007年(平成19年)には名古屋駅前にある豊田ビル・毎日ビルの建替えによる再開発で建設されるミッドランドスクエア内に新しい名古屋オフィスが完成し、元名古屋ビル、JRセントラルタワーズオフィス、本社機能の一部と名古屋市内と東京本社からそれぞれ日本国内・日本国外の営業部門が移転した。自動車生産台数が世界一となる。
しかし2008年(平成20年)に起こった一連の金融危機が直撃し、2009年3月期の営業利益が58年ぶりの赤字に転落[4]。トヨタショックとまでいわれている。その一方で世界販売台数は897万2,000台となり、前年の生産台数に続いて世界一の座を奪い取った。それまで生産台数世界一を77年間維持していたのはGMだった。また、2009年(平成21年)には本社内にスタジオジブリの新スタジオを設置するなど、新たな試みも模索されている[5][6]。
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- ^ トヨタが07年世界販売でGMとほぼ互角、今後のカギは新興国。ロイター
- ^ GM転落、トヨタの「世界一」確定 読売新聞、2009-01-22閲覧。
- ^ 「トヨタ」になって70年(読売新聞)
- ^ トヨタ:系列4社が営業赤字転落 業績下方修正、受注減と円高響く(毎日新聞)
- ^ 「ジブリが新スタジオ『西ジブリ』をトヨタ本社内に設立、そのきっかけとは?」『ジブリが新スタジオ「西ジブリ」をトヨタ本社内に設立、そのきっかけとは?:MarkeZine(マーケジン)』翔泳社、2009年(平成21年)3月2日。
- ^ 星野康二「スタジオジブリ新スタジオ“西ジブリ”設立について」『スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - スタジオジブリ新スタジオ “西ジブリ”設立について』スタジオジブリ、2009年(平成21年)3月2日。
- ^ 「チリ」とよばれる。
- ^ JDパワーや保険会社のランキングなどによる。
- ^ ただし最初に開発・実用化したのはフォード社。
- ^ なお、同社の情報通信システムの場合、通信用インターフェイスにおけるBluetoothの採用に関しては他社に対して非常に積極的で、同社の純正カーナビにおいて積極的に導入されるケースも少なくない。
- ^ 世界のトップ1000企業の2006年研究開発費,前年比10%増の4470億ドル
- ^ 1956年(昭和31年)から「トヨエース」と愛称(ペットネーム)が付いた。
- ^ 例:ネッツ店専売車種(例:後期型以降のアベンシス、2代目ヴィッツ、後期型以降のウィッシュ、2代目bB、オーリス、3代目RAV4、ヴェルファイア、2代目ヴォクシー等)の「N」マーク、E120系(9代目)カローラシリーズ以降の「NCV」マーク、マークXおよびマークXジオの「X」マーク、プレミオの「P」、アリオンの「A」、初代ラクティスの「R」マーク等。リアは大抵の場合トヨタマークが付いている。
- ^ 日本で販売されていた「トヨタ・カムリプロミネント」の仕様変更版。
- ^ 日本では初代ist。
- ^ 日本では初代bB。
- ^ 例:X70系 - X100系までのマークII/チェイサー/クレスタ、L20系以降のターセル/コルサ/カローラII、E20系 - E110系までのカローラシリーズ/スプリンターシリーズ、T150系以降のコロナ/カリーナ(のちのプレミオ/アリオン)、V10系 - V40系までのカムリ/ビスタ、エスティマエミーナ/エスティマルシーダ、グランビア/グランドハイエース、タウンエース/ライトエース/マスターエース、カローラランクス/アレックス、ノア/ヴォクシー、サクシード/プロボックスなど。
- ^ トヨタ、3代目プリウスを中国で生産開始
- ^ トヨタ自動車、英国製ワゴン「アベンシス」を国内再投入 GAZOO.com 2011年3月28日閲覧
- ^ くるまの理科・社会 Vol.002「第2回 トヨタ・3つの輪に込めた想い」
- ^ 読売新聞2006年 9月24日、同年9月28日記事。2004年6月に35万円で仕入れた国産中古車を同月下旬、営業店社員に45万円で販売し、社員名義で自動車登録。同年11月、この車を80万円で買い取った形にし、数日後、一般顧客に90万円で販売していた。
- ^ [1]10月31日には元店長と元室長を電磁的公正証書原本不実記録の疑いで再逮捕、11月9日に大阪地検に追送検した。[要出典]
- ^ ランドクルーザープラドのリコール対象は中東、ロシアが主体で日本などで販売された右ハンドル車はリコールの対象外である。 トヨタ・レクサスGXの販売一時中止、世界全体に拡大 MSN産経ニュース 2010年4月14日
- ^ レクサスSUVなど全世界で3万4000台リコール MSN産経ニュース 2010年4月20日
- ^ トヨタ広州、操業停止 デンソー系メーカーでスト - 中国新聞 2010年6月23日
- ^ 電子系統に欠陥なし=トヨタ車の急加速で-米運輸長官は「安全宣言」時事ドットコム 2011年2月9日
- ^ a b トヨタの悔しさ、NASAが晴らす 中央日報 2011年2月10日
- ^ トヨタ問題は政治的ヒステリー 米紙が議会を批 47NEWS 2011年2月10日
- ^ ケースナンバーはCV 01-05564-FMCおよびJ.C.C.P. No. 4346:2006年8月現在、進行中
- ^ [2]
- ^ “トヨタ、米テスラと電気自動車で提携”. レスポンス自動車ニュース (2010年5月21日). 2011年1月9日閲覧。
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