デビューから解散まで
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「ブルー・マーダー」の記事における「デビューから解散まで」の解説
こうしてバンドは1989年にアルバム『ブルー・マーダー』でデビューを飾る。リーダーであるサイクスは、800万枚を売り上げ、×8プラチナムとなったアルバム『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』の立役者であり、そのサウンドを継ぐアルバムとしてレコード会社は多大な期待を寄せた。しかしツアーは盛況であったものの、アルバムは期待に程遠い売り上げとなってしまう(米69位、英45位)。なお、初来日公演では、ホワイトスネイクの「スティル・オブ・ザ・ナイト」、ザ・ファームの「クローサー」、ロッド・スチュワートの「ホット・レッグス」といった、メンバー3人が過去に関わってきた曲も演奏された。 ツアー後、次作へ向けてレコーディングを行うが、いつまでもアルバムは完成せず、バンドに限界を感じたアピスとフランクリンは1992年に脱退。新たにマルコ・メンドーサ、トミー・オスティーンが加入する(一時期アンダース・ヨハンソンもいたという。さらにボーカル/サイドギターとしてケリー・キーリングの名も一時連なっていた)。そしてアルバム『ナッシング・バット・トラブル』を発売。しかし日本でオリコン6位まで上昇した他は大きなリアクションもなく、イギリスでの短いプロモーションと日本でのライブをもってバンドを解散させる。その後はメンバーはそのままにサイクスのソロ・プロジェクト『サイクス』へ移行していった。
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デビューから解散まで
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1999年 10月 東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)よりメジャーデビュー。 2000年 スペースシャワーTV、FM802にてヘビーローテーションに起用される。 2000年 タワーレコードにてマンスリーライブ「月刊 赤っ恥」を6ヶ月間を行う。他各種イベントに精力的に参加。 2000年~2001年 JFN,NACK5,FM802,Date fm,B-PASS, スポニチ大阪版等でレギュラー番組、連載を多数持つ。 2001年 9月 Official Fan Club "SMPTE" 発足。 2001年 12月 突然の解散。大晦日に3時間を越える事実上の解散ライブ「22002」を行う。 2002年 1月 小文字shame最後のライブとなるFCイベントを実施。
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