セグンダ降格
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 23:27 UTC 版)
2008年夏にはアシール・エマナやメフメト・アウレリオを獲得して中盤の構成力を大きく上げ、スペイン代表としてUEFA EURO 2008に出場したセルヒオ・ガルシアを移籍期間終了直前に獲得して前線の選手層に厚みを加えた。ところが開幕から6戦勝ち星なしと苦戦。その後10月~11月は5勝2敗と幾分持ち直したが12月は1分け2敗と1勝もできなかった。冬の移籍期間にリカルド・オリヴェイラを獲得。その後、セビージャとのダービーに敵地で勝利したり、2月14日にホームで行われたバルセロナ戦に引き分けるなど健闘したが、レアル・マドリードとのサンティアゴ・ベルナベウでのアウェー戦の6失点や3月の全4試合引き分けと4月下旬から5月上旬の4連敗が大きく響いて、最終節に同じく残留を争っていたレアル・バリャドリードとのホームゲームでスコアレスドローに終わり、勝利したCAオサスナとスポルティング・デ・ヒホンに抜かれ残留圏内の16位から降格圏内の18位に転落。同じく引き分けたヘタフェCFと勝ち点42で並んだものの、得失点差でわずかに1点(ヘタフェ-6、ベティス-7)及ばず、2000-01シーズン以来9季ぶりとなるセグンダ・ディビシオン降格が決定した。シーズン中に投じた移籍金は3600万ユーロ(約50億円)に上った。 2009年6月15日、ラファエル・ゴルディージョ、デル・ソル、イポリト・リンコン、フリオ・カルデニョーサなどクラブの象徴的存在を含むベティコたちは、クラブの株式の54%を所有するオーナーのデ・ロペーラにクラブを売却させるために、セビージャ市内で「15-J Yo Voy Betis」をスローガンとして抗議デモを行った。この抗議運動にもかかわらず、2009-10シーズン中にはクラブ上層部の構成に変化はなかった。2009-10シーズンは1年でプリメーラ・ディビシオンに返り咲くべく戦力の維持に努め、プリメーラに旋風を巻き起こして8位に躍進したマラガCFのアントニオ・タピア監督を引き抜いた。しかし、成績が振るわずタピアは解任。2010年1月、フェルナンデス監督が6年ぶりに復帰すると、ここから巻き返しを見せて、2位のエルクレスCF・3位のレバンテUDと勝ち点71で並んだが、直接対決の成績で4位に終わり、昇格を果たせなかった。シーズン終了後にはフェルナンデス監督との契約を打ち切り、ラージョ・バジェカーノの監督を解任されたペペ・メルを招聘した。
※この「セグンダ降格」の解説は、「レアル・ベティス」の解説の一部です。
「セグンダ降格」を含む「レアル・ベティス」の記事については、「レアル・ベティス」の概要を参照ください。
- セグンダ降格のページへのリンク