集積回路 概要

集積回路

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/24 04:57 UTC 版)

概要

集積回路とは、シリコン単結晶などに代表される「半導体チップ」[注釈 1]の表面に、不純物を拡散させることによって、トランジスタとして動作する構造を形成したり、アルミ蒸着エッチングによって配線を形成したりすることにより、複雑な機能を果たす電子回路が作り込まれている電子部品である[注釈 2]

多くの場合、複数の端子を持つ比較的小型の[注釈 3]パッケージに封入され、内部で端子からチップに配線されモールドされた状態で、部品・製品となっている。

歴史

集積回路の誕生

実際に集積回路を考案したのは、レーダー科学者ジェフリー・ダマー英語版(1909年生まれ)であった。彼はイギリス国防省の王立レーダー施設で働き、1952年5月7日ワシントンD.C.でそのアイデアを公表した。しかし、ダマーは1956年、そのような回路を作ることに失敗した。各企業は集積回路の実現を目指して、RCAのマイクロモジュール、ウェスティングハウス・エレクトリックのモレキュラーエレクトロニクス、テキサス・インスツルメンツのソリッドステートサーキットが開発された[1]

初期の集積回路の概念は、モノリシックICというより後のハイブリッドICに近いもので、この概念にしたがって、基板に真空蒸着で抵抗素子やコンデンサを形成してトランジスタと組み合わせる薄膜集積回路や、現在のプリンテッドエレクトロニクスに相当する印刷技術により抵抗や配線、コンデンサなどを1枚のセラミック基板上に集積した厚膜集積回路が開発されていった[1]

また、1958年にはウェスティングハウスから「Molectronics」という名称の集積回路の概念が発表され[2]、1960年2月にSemiconductor Product誌に掲載された記事に触発されて、電気試験所でも同年12月に、見方次第ではマルチチップ構造のハイブリッドICともいえる、ゲルマニウムのペレット3個を約1cm角の樹脂容器に平行に配列した集積回路の試作に成功した[3][4]

1961年2月には、ウェスティングハウスと技術提携した三菱電機から、11種類のモレクトロンが発表された[1]。日本で最初のモノリシック集積回路は、東京大学日本電気の共同開発とされる[5]

著名な集積回路の特許は、アメリカ合衆国の別々の2つの企業の、2人の研究者による異なった発明にそれぞれ発行された。テキサス・インスツルメンツジャック・キルビーの特許「Miniaturized electronic circuits」は1959年2月に出願され、1964年6月に特許となった(アメリカ合衆国特許第3,138,743号)。フェアチャイルドセミコンダクターロバート・ノイスの特許「Semiconductor device-and-lead structure」は1959年7月に出願され、1961年4月に特許となった(アメリカ合衆国特許第2,981,877号)。しかし、「キルビー特許紛争」などと呼ばれるように(ちなみに「キルビー特許」に対し、ノイスの特許は「プレーナー特許」と呼ばれることがある)多くの議論を発生させることとなった。

技術的な内容とはほぼ無関係に、業界の権益争いとして、特許優先権委員会においてどちらの特許が「集積回路の特許として有効であるか」を、法的に認定させる争いが勃発した(技術的な判断が目的なのではなく、あくまで「法的にどちらが有効か」を認めさせることが目的である)。キルビーの特許出願から10年10か月を経て決着し、ノイスの勝利が確定した。しかし、そのような法的勝利は、実際にはほとんど意味がなかった。

ライセンスビジネス的には、1966年にテキサス・インスツルメンツフェアチャイルドセミコンダクターを含む十数社のエレクトロニクス企業が、集積回路のライセンス供与について合意に達していたからであり、技術と法律とビジネスというものについて、教訓的な事例となっている。またさらに日本では、20年の紆余曲折を経て1989年に特許となったことで、莫大な額の請求等を伴う紛争となり「サブマリン特許制度」のタチの悪さを際立たせるという役割を担う結果となった。

キルビーとノイスは後に、ともに国民栄誉賞を受け、同時に全米発明家の栄誉の殿堂入りをした。

SSI、MSI、LSI

SSI、MSI、LSI というのは、集積する素子の数によってICを分類定義[6]したものである。「MSI IC」のようにも言うものであるが、今日ではほぼ使われない。比較的小規模のものを単にIC、比較的大規模のものを単にLSIとしているが、現在ではICとLSIを同義語として使うことも多い。

初期の集積回路はごくわずかなトランジスタを集積したものであった。これをSSI(Small Scale Integration)とするのであるが、後にMSI(Middle Scale Integration)やLSI(Large Scale Integration)という語と同時に作られたと思われる、おそらくレトロニムであろう。航空宇宙分野のプロジェクトで珍重され、それによって発展した。ミニットマンミサイルアポロ計画は慣性航法用計算機として軽量のデジタルコンピュータを必要としていた。アポロ誘導コンピュータは集積回路技術を進化させるのに寄与し、ミニットマンミサイルは量産化技術の向上に寄与した。これらの計画が1960年から1963年まで生産されたICをほぼ全て買い取った。これにより製造技術が向上したために製品価格が40分の1になり、それ以外の需要が生まれてくることになった。

民生品として大量のICの需要を発生させたのは電卓だった。コンピュータ(メインフレーム)でのICの採用は、System/360では単体のトランジスタをモジュールに集積したハイブリッド集積回路(IBMはSLTと呼んだ)にとどまり、モノリシック集積回路の採用はSystem/370からであった。

1960年代に最初の製品があらわれた汎用ロジックICは、やがて多品種が大量に作られるようになり、コンピュータのようにそれらを大量に使用する製品や、あるいは家電など大量生産される機器にも使われるようになっていった。1970年代にはマイクロプロセッサが現れた。

集積度の高いMSIやLSIが普通に生産されるようになると、そのうちそのような分類も曖昧になって、マイクロプロセッサなど比較的複雑なものをLSI、汎用ロジックICなど比較的単純なものをIC、と大雑把に呼び分ける程度の分類となった。

VLSI

もとの分類ではLSIに全て入るわけだが、1980年代に開発され始めたより大規模な集積回路をVLSI(Very Large Scale Integration)とするようになった。これにより、これまでの多数のICで作られていたコンピュータに匹敵する規模のマイクロプロセッサが製作されるようになった。1986年、最初の1MbitRAMが登場した。これは100万トランジスタを集積したものである。1993年の最初のPentiumには約310万個のトランジスタが集積されている。また、設計のルール化はそれ以前と比較して設計を容易にした。

また、カーバー・ミードリン・コンウェイの『超LSIシステム入門』[7]によりVLSIにマッチした設計手法が提案された。これはMead & Conway revolution(en:Mead & Conway revolution)と呼ばれることもあるなどの影響をもたらした。たとえば、1950年代には、大学で最先端のコンピュータを実際に建造するなどといったこともさかんだったわけであるが、1970年頃以降にはコストの点で現実的ではなくなっていた。それが、CAD等の助けによりパターンを設計してチップ化する、という手法で、大学などでも最先端の実際の研究がまた可能になった、といった変化を齎したのが一例である。たとえば初期のRISCとして、IBM 801、バークレイRISC(SPARCへの影響が大きい)、スタンフォード系のMIPSがまず挙がるが、後者2つにはその影響がある。

ULSI

VLSIに続いて、新たに ULSI (Ultra-Large Scale Integration) という語も作られ、集積される素子数が100万以上とも1000万以上ともされているが、そのような集積度の集積回路も、今日普通はVLSIとしている。

WSI

WSI (Wafer-Scale Integration) は、複数のコンピュータ・システム等の全体をウェハー上に作り込み、個別のダイに切り離さずにウェハーの大きさのままで使用するという構想である[注釈 4]。現状では、1品もので、コストが非常に高額であっても良いというような特殊な用途・特殊な要求に基づき生産するような装置で採用されている。たとえば、人工衛星や天体観測望遠鏡の光学受像素子では、つなぎ合わせて作ると歪みや隙間が生ずるので、1枚のウェハーの全面を使用した物が作られている。

SoC

System-on-a-chip (SoC) は、従来別々のダイで構成されていたものを統合することで、独立して動作するシステム全体をひとつの集積回路上に実現するものである。例えば、マイクロプロセッサとメモリ、周辺機器インターフェースなどを1つのチップに集積するものである。

固体撮像素子

集積回路技術の進歩の一例であるが、以前は撮像管などと呼ばれる真空管だった、映像を撮影する撮像素子も、電荷結合素子(CCD)の技術開発が進み、固体撮像素子としてCCDイメージセンサが作られ、家庭用ビデオカメラの大幅な小型化などにまず貢献した。続いてCMOSイメージセンサも作られた。やがて静止写真用にも十分な解像度を持つようになり、デジタルカメラが銀塩カメラを一掃した。

回路設計




注釈

  1. ^ 専門的には「ダイ」とも呼ぶ。
  2. ^ 個別の部品を集積した「ハイブリッド集積回路」なども含める場合もあるが、ここではそちらへの言及は割愛する。
  3. ^ 多くの場合、端子とその間隔のために必要な大きさが、パッケージサイズの要因となっている。
  4. ^ 1980年代に商用化しようとした例もあったが、歩留の制約を越えられずに失敗している。WSIの実用化の優先度は高くない。(トリロジー・システムズ英語版の記事などで見られる)

出典

  1. ^ a b c 1960年代初 国産ICのスタート, http://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi719.htm 
  2. ^ 城阪俊吉、私とハイブリッドマイクロエレクトロニクスの出会い -戦後40年のやきもの 『HYBRIDS.』 1988年 4巻 1号 p.2-20, doi:10.5104/jiep1985.4.2
  3. ^ 米誌に触発された電試グループ, http://www.shmj.or.jp/shimura/ssis_shimura2_06.htm 
  4. ^ 固体回路の一試作 昭和36(1961)年4月8日 電気四学会連合大会, http://www.shmj.or.jp/shimura/shimura_J_L/shimura2_06_3L.jpg 
  5. ^ 東大グループは「固態型論理回路」, http://www.shmj.or.jp:80/shimura/ssis_shimura2_07.htm  半導体産業人協会 日本半導体歴史館 志村資料室 第Ⅱ部
  6. ^ The Bipolar Digital Integrated Circuits Data Book, 日本テキサスインスツルメンツ 
  7. ^ 原題: Introduction to VLSI Systems
  8. ^ 福田哲生著 『はじめての半導体シリコン』工業調査会 2006年9月15日初版第1刷発行 ISBN 4769312547
  9. ^ 日経エレクトロニクス 2007年11月5日号「激安DRAMを活かす」 p.63
  10. ^ [インテルCPUロードマップ 2016年中に10nmプロセスを量産、7nmは2019年]ASCIIデジタル2016年04月18日
  11. ^ ついに“ひと桁”、7nmプロセス開発へ加速EE Times Japan Weekly 2016年03月28日
  12. ^ “Broadwell-EP”こと「Xeon E5-2600 v4」が販売開始ASCII 2016年04月01日
  13. ^ New nano logic devices for the 2020 time frames
  14. ^ マイクロ分光素子を用いたイメージセンサの高感度化技術を開発 Panasonic Newsroom プレスリリース 2013年2月4日





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