長岡京 脚注

長岡京

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/06 00:26 UTC 版)

脚注

関連項目

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先代
平城京
日本の首都
784年(延暦3年) - 794年(延暦13年)
次代
平安京

座標: 北緯34度56分36.6秒 東経135度42分11.4秒 / 北緯34.943500度 東経135.703167度 / 34.943500; 135.703167


注釈

  1. ^ 現在の西京区と向日市の境界を南北に延びる西ノ岡丘陵(向日丘陵、長岡丘陵とも)は自然の土壇で、「長岡」の地名もこれに由来する。
  2. ^ 宮域は丘陵上に、右京は段丘上に、左京は桂川氾濫上に立地する。
  3. ^ この水害に関し、京都工芸繊維大学出身の松尾秀明は、長岡京の裾野の高さが巨椋池の水面と近いため、巨椋池までなだらかな下り傾斜が続く平安京と比較すると水害の可能性が高く、都市規模拡大の可能性も平安京の方が大きかったと論じている。
  4. ^ ただし、木像を作ったのは道真自身で、その従者が道真自身から託された像を祀った祠が長岡天満宮の元だという異説がある。
  5. ^ 複廊によって囲われ、背後には後殿が独立している。
  6. ^ 当該地域で急速な宅地化、工業地化が進み、緊急調査を強いられ続けた側面もある

出典

  1. ^ 長岡京跡から貴族の邸宅 寝殿造りに似た配置”. 日本経済新聞 (2019年3月1日). 2021年1月7日閲覧。
  2. ^ 北村優季「長岡平城遷都の史的背景」(初出:『国立歴史民俗博物館研究報告』134集(2007年)/所収:北村『平城京成立史論』(吉川弘文館、2013年) ISBN 978-4-642-04610-7
  3. ^ 松尾秀明. “京都の自然と歴史 (2)京都の南には巨大な巨椋池があった”. 京都工芸繊維大学色染物質会. 2022年10月6日閲覧。
  4. ^ 網伸也「平安京造営過程に関する総合的考察」『平安京造営と古代律令国家』(塙書房、2011年) ISBN 978-4-8273-12447
  5. ^ 長岡天満宮”. 長岡京市. 2022年10月6日閲覧。
  6. ^ 御祭神・御由緒”. 長岡天満宮. 2022年10月6日閲覧。
  7. ^ 山中章「長岡宮跡」 文化庁文化財保護部史跡研究会監修『図説 日本の史跡 第4巻 古代1』同朋舎出版 1991年 34-35ページ
  8. ^ 社会・環境報告書 2006


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