里綾実
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/25 14:13 UTC 版)
経歴
野球を始めたきっかけは4つ上の兄の影響。同県の喜界島に転居し少年野球「ガッツ喜界」に入団し小学3年生のときに本格的に野球を始める[3][1][4]。ピッチャーのポジションにつく。その後、小学6年生のときに奄美大島に戻り、硬式の少年野球チーム「名瀬オリオンズ」[1]に所属しピッチャーを担当。奄美市立金久中学校には女子野球部がなかったため一時バスケットボール部に所属するが、やはり野球がしたいと考え(女子部員がいなかったため許可を得て)男子の軟式野球部に入部[5]。ピッチャー・サードのポジションでプレーをした[4]。
中学卒業後、当初は選手層の厚いソフトボールへの転向を考えたが地元が鹿児島県であったため、女子野球が強くて有名な神村学園へ進学[1]。高校生最後の年に挑んだ第8回全国高等学校女子硬式野球選抜大会ではチームの優勝に大きく貢献する。
その後、女子野球日本代表を目指して尚美学園大学へ進学[1]。大学の女子硬式野球部でプレーをする。大学卒業目前、就職し仕事をしながら野球を続けたいと考え、紹介で福知山成美高等学校女子硬式野球部のコーチに就任する。2012年8月、カナダで第5回IBAF女子ワールドカップが開催され出場。そこで毎日野球をしているプロの実力に感嘆しプロを志願する。2012年のトライアウトに合格。
2013年から翌14年はレイア、2015年から2019年までディオーネに所属する[1]。2019年11月1日、今季限りで女子プロ野球を退団[6]。
2020年4月に創設された埼玉西武ライオンズ・レディースに入団[7][1]。2021年に一般社団法人野球はみんなのスポーツを設立し[8]、2023年にファンクラブを立ち上げる[4]。選手生活と並行して野球塾を開講しマンツーマン指導を行っている[2]。
- ^ a b c d e f g “里 綾実 全世代侍ジャパン選手リスト”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト. 2024年5月25日閲覧。
- ^ a b “コース一覧”. THE CONTROL 10分で変わる 里綾実オンライン投球指導. 2024年5月25日閲覧。
- ^ スポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」に“現役日本代表”であり、W杯4大会連続MVPが期待される女子野球「里綾実選手」の参加が決定 - 一般財団法人アスリートフラッグ財団 PR TIMES (2021年4月23日) 2024年5月25日閲覧。
- ^ a b c “CAREER & ACHIEVEMENT”. 里綾実ファンクラブ. 2024年5月25日閲覧。
- ^ “【THE INSIDE】女子プロ野球選手・里綾実の「女子野球の現状」に関する講演と野球教室”. BASEBALL GATE (2017年12月17日). 2024年5月25日閲覧。
- ^ “大量退団の女子プロ野球、埼玉からは13人も…全選手一覧”. スポーツ報知. (2019年11月1日) 2021年9月26日閲覧。
- ^ 『「埼玉西武ライオンズ・レディース」のメンバーが決定!』(プレスリリース)埼玉西武ライオンズ、2020年2月13日 。2021年9月26日閲覧。
- ^ “女子野球のレジェンドがなぜ法人設立? 次世代に伝えたい“プレーし続ける道”(川村虎大)”. フルカウント ファーストピッチ (2022年12月12日). 2024年5月25日閲覧。
- ^ “侍女子・里綾実、“カーショー超え”カーブに米絶賛「地球上最高の女子野球選手だ」”. THE ANSWER: p. 2. (2018年9月1日) 2021年9月26日閲覧。
- ^ 大村健一 (2014年9月7日). “女子野球W杯:日本、米国を破り4連覇 MVPは里綾実”. 毎日新聞. オリジナルの2014年9月8日時点におけるアーカイブ。 2021年9月26日閲覧。
- ^ “MVPに里、加藤に新人特別賞 同じ誕生日の新人王・中田と切磋琢磨誓う”. スポーツニッポン. (2016年12月3日) 2021年9月26日閲覧。
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