道教 芸術・文化

道教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/27 06:46 UTC 版)

芸術・文化

文学

また、道教は「神仙」という現実を超えた存在を理想として掲げるため、想像力の世界と深く関わり、さまざまな文学作品を生み出した[81]。以下の例がある。

  • 遊仙詩 - 俗界を離れて仙界で遊ぶことをうたった詩[81]
  • 志怪小説
  • 歩虚詞 - 神仙となって虚空を飛行するさまをうたった歌曲[81]
  • 変文 - 唐から五代にかけて流行した布教のための絵解きの話本[81]
  • 宝巻 - 明清時代に流行した布教のための語り物[81]

特に文学作品として大きな影響を与えたのが、5世紀末に陶弘景によって編纂された『真誥』である。ここには洞天や鬼界が生き生きと描かれているほか、その詩は『楚辞』との関連が指摘される[82]。『真誥』は白居易李白杜甫韋応物李商隠らの詩にその影響が見られる[83]

また、口語で書かれた通俗的な作品は、当時の庶民文化を濃厚に反映するため、道教を始めとする宗教の要素が多く見出される[84]。たとえば、『水滸伝』の冒頭は宋の仁宗が龍虎山の張天師のもとへ疫病鎮圧の依頼のために役人を派遣するシーンから始まる。また、『三国志演義』に登場する諸葛亮は道士として登場し、道術によって風を起こす。ただし、通俗文学に対する影響は道教だけではなく、仏教や儒教の影響も濃厚に見出される[84]

演劇・音楽

宋から清にかけて戯曲が流行し、道教に関連する作品も少なくない。明の朱権が元の雑劇を12に分類した際、第一に「神仙道化」劇、第二に「隠居楽道」劇を挙げており、ともに道教思想を反映する[85]。神仙道化劇においては、人間は仙人に人生のむなしさや欲望の愚かさを説かれ、紆余曲折を経てようやく世俗を棄て、得道に至るという筋書きの話が多い。不飲酒不邪淫といった戒律が説かれる場合もあれば、練気による体感、または厭世感や神仙世界への憧憬といった心情を中心に描くものもある[85][85]

また、演劇の際に必要となる音楽も道教との関係が深い。もともと『太平経』に音楽と天地自然の気の関係が説かれており、道観において「道曲」が演奏された。そのうち歌唱局は唐代の梨園で歌舞と融合して「法曲」に取り込まれ、器楽曲は「俗曲」として急速に民間に広まって「道情」と呼ばれた[86]。当初は道教の経典の内容を歌唱に託して教えを広めるためのものであったが、その後は民間の語り物である説唱の一種「道情鼓子詞」として形を変えた。これには地域によってさまざまな形態があり、南方の四川竹琴や湖北漁鼓、北方の「道情戯」などがある[86]

絵画

道教をモチーフにして描かれた絵画も多く存在し、魏晋南北朝時代には顧愷之の「洛神賦図」「列仙図」や張僧繇の「行道天王図」といった作品群が生み出された[87]。その全盛期は唐代から宋元時代にかけてであり、唐代の作品として現存するものはないが、『歴代名画記』『益州名画録』などには長安や洛陽に存在した道観壁画が数多く記録されている。宋代の『宣和画譜』には唐代画人の道教絵画が列挙されているほか、呉道玄といった代表的な作家が生まれた[87]。宋代に入っても開封の道観壁画など多くの作例があるが、道教絵画の画作を生業とする画工の作品はやや軽んじられるようになった[87]

また、そもそも中国では絵画を書くためには精神を集中し、精神と自然を調和させる必要があるとされる。そのためには道と合一し陰陽の調和を保つことが求められるため、絵画芸術と道教の関係は深い。特に山水画に道教の理想が現れているとされる[88]。山水画は、神仙思想や道教思想に基づく想像上の理想郷や、隠逸思想を基礎とした心象風景を描いているという点でも道教的である[89]

中国の書芸術を代表する人物である東晋の王羲之は熱心な道教徒であり、彼が書した『黄庭経』は道教経典であったほか、『真誥』の制作に関わっていた許氏一族と深い関係を有していた[90]。また、『真誥』には王羲之自身も登場している[91]。『真誥』を整理し道教の教理を整備した陶弘景も能書家として知られ、『法書要録』には南朝梁の武帝と彼の書に関する往復書簡が収められている[92]。唐の顔真卿も上清派に傾斜していたことで知られ、「麻姑仙壇記」「魏夫人仙壇碑」「華姑仙壇碑」など道教ゆかりの作品を数多く残した。顔真卿自身が尸解仙になったという伝説もある[93]

道教の神仙世界では、「天書」と呼ばれる天上の文字が用いられており、これを模写することから「地書」つまり地上の文字が生まれたとされる [94]

建築

台湾にある道観(道教の寺)

道教の宗教活動のための施設は「道観」(道宮・道院)と呼ばれ、現存するものとしては宋元時代に由来を持つものが最古である。ただし、道教建築にはさまざまな要素が混在しており、仏寺・道観・民間祠が区別しがたい場合も多い[95]。道教研究者の奈良行博は、道教の祀廟(礼拝活動をする施設)を以下の三種に分けて整理している。

  1. 朝祭系祀廟
    中国では古くから五嶽に対する信仰があり、道教でも聖地として尊ばれた。泰山や華山に山裾には嶽神を祀る巨大な嶽神廟が建てられた。基本的には山の南側に立地し、廟の背後から山体をさらに北側へと遥拝できるようになっている。これらはもとは朝廷祭祀用の施設であったが、道教や仏教の活動拠点となった[96]
  2. 平地都市型祀廟
    平地に建設される祀廟は広大な敷地を持ち、中軸線上に霊宮・三清の順に祠殿が置かれるか、両者のいずれかが置かれる。蓋部装飾は簡素で、大棟両端に鴟尾が控え、場合によっては中央に宝珠が載る。ただ、いずれも外観から明確な道教建築の特徴が見出せるわけではない[97]
  3. 山中・山頂型祀廟
    道教では聖地を「洞天福地」と呼ぶが、司馬承禎の『天地宮府図』に収められた洞天福地のほとんどが山に関連する土地である。五斗米道の活動拠点である24カ所の「治」が山に置かれていたのと同様に、その後の道教施設も山に置かれるものが多い。山腹の急な斜面を這い上がるようにして配置されている場合もあり、三清が最上階に設置されるなど三十六天の観念を反映するものもある。ほか、洞窟の入り口に祠殿が設けられる場合や、山頂に設けられる場合もある[98]

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