身体醜形障害 定義

身体醜形障害

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/07 06:14 UTC 版)

定義

精神医学的障害の一種である。

歴史

「醜形恐怖」という言葉が19世紀にこの病気について初めて発表したイタリア人医師の名付けた原語を日本語訳したものとして作られ、長らくこの用語が日本では一般的であった。しかし近年、患者が顔だけではなく身体全体を気にしだしたため「身体醜形障害」と呼ばれることも多くなった。

1995年に発表されたアメリカの調査によると、有病率は1%であるとされているが、患者は自身の身体醜形障害を医師にも言わない傾向が多いため、実際にはより多数の患者がいるのではないかと推測されている。

日本では1990年後半から多くなりだした。この内2割は引きこもりのような状況になるとされる[要出典]整形をする人も多いが、思い込みであることが多いため満足な結果が得られることは少なく、結果的に逆に顔を崩してしまうことさえある。この障害を持つ場合には、1日に何時間も自身の肉体的な欠陥について考えるようになり、極端に社会から孤立してしまうとされる。

特徴

男性の場合、第二次性徴によって男らしく変化した部分を嫌い、幼児期のままの自分でいたいと思う傾向が強いとされる。また、女性の場合は、母親や姉妹など周囲の身体に対する優劣を意識する傾向が強いとされる。顔自体に限っていえば男性に多いが、身体全体にわたる場合は女性に多いとされる。醜形障害者の割合に男女比の差はあまりないとされるが、とらわれる箇所は男女個々様々で体全体にいたる。アメリカの調査ではこだわりの多い部位はまず髪の毛へのこだわりが63%と最も多く、次いで鼻、皮膚が50%、目27%、頭や顔全体20%、身体全体、骨の形20%、唇、顎、腰17%、歯、脚、膝13%、胸、胸の筋肉、自分の顔全体を醜いと考える10%、耳、頬、ペニス7%、手、腕、首、額、顔の筋肉、肩、お尻3%と報告されている。鼻を気にする人は特に多い。

ボディイメージとの関連

上述の通り、醜形障害者は、自身の身体の至る部分に偏ったボディーイメージを持っている。一度鏡で見た顔や容姿にいたるイメージへも、確固たる真のイメージを持ちづらいとされる。それゆえ、何度も鏡を確認するものと思われる。

醜形障害者の日常生活における困難は、鏡などの反射物(鏡、ガラス、水面、なべのふた、スプーン、ペットボトル、食器類など)に映る顔全体の影形やその姿であり(更に症状が進むと、太陽や照明機器に照らされた影による自らのヘアスタイル、横顔の造形なども気になりだす)、その対象物を何十分、何時間という単位で目で確認し続けるという強迫性障害でいう強迫確認または強迫行動によって支配される苦しみや苦痛である。また外出した際は他人の視線(顔や容姿全体、こだわっている箇所)を意識しすぎて、ショーウィンドーのガラスや車のガラス、バックミラーなどに自身の顔や容姿を映し様々な角度から自分のこだわっている箇所を確認し続けるという行動をとる。その姿が自分の思っていた顔や容姿とのイメージと合致した場合は、気分が高揚し安心感を持ち、かけ離れていた場合は酷く落ち込み、目的だった事柄や場所に行けず冷や汗を掻いて引き返してくることもある。また外出時は自分の顔・容姿のこだわっている箇所を他人と必死に比べようともする。

また反射物に限らず、写真や映像(カメラやビデオ)に撮られることも嫌い、その自身が写った写真や映像から目を背けたり写りたがらない。写真や映像に写った自身の顔・姿のイメージが自己のイメージと合致すれば上記の様な心理状態になり、違った場合は落胆し鬱になったり、写真の場合は破り捨てることも見受けられる。その結果、履歴書などに載せる証明写真を撮るのに支障をきたす場合がある。

また、醜形障害者は鏡やガラスなどに映った自分を見続ける確認行動がある一方で、必死に鏡やガラスなどの反射対象物を避け、なるべくこだわっている箇所を映さない、映らない、確認しないなどといった極端な側面も持ち合わせていることが多い。なぜその両面を持ち合わせているのかは具体的には分からないが、強迫性障害で言う強迫確認の負のループに自身の大事な時間を費やされたくない、その確認しているさまを他人に見られるのが恥ずかしい、奇妙な行為だと思われるのが怖い、またその確認でこだわっている箇所を見てしまったための落ち込みの不安で、恐怖と絶望の渦に陥りたくないという心理的要因が働くのではないかと思われる。そしてこの二つの面を持ち合わせている者もいれば、そうでない者もいるようである。

醜形障害者は妄想的に確信を抱いたとらわれのパターンと、元々(生まれつき)の細かい「欠陥」(例えば、髪の毛が柔らかく細く頭髪が元々薄い傾向や、成人して止まってしまった身長などに対する変えられようのない事実)にとらわれてしまうパターンとがある。後者は投薬治療では中々改善しない場合が多く、10年近く症状で悩まされる場合も多い。いずれにしても、細かい顔や体に対する欠陥や妄想的とらわれが身体醜形障害の特徴である。自分の容姿にとらわれるあまり、家族にまでそのとらわれ箇所の確認を要求する(どのように思い、感じるか)家族巻き込み型もこの病の典型である。その結果、家族のいい回答が得られずに(正しい返答がない、もしくは家族として思いやってか言葉に表しにくいため)家庭内暴力にまで至るケースもある。

またこれら反射物による恐怖を発端とする忌避行為により、日常生活に多大なる影響を与える。特に就労に関してこの問題は大きい。例を挙げれば、反射するモニターを使用する光沢液晶やCRTの仕事を忌避したり、サイドミラーを恐れ運転免許が取れなかったり等致命的な支障を就労においてきたす。自分の顔への恐怖は、裏返せば他者の視線への恐怖であり、面と向かってのデスクワークや会議、及び面談等でまともに正対して視線を合わすことさえ困難を極める。結果的に、能力的にできる職種であっても、醜形恐怖が先行するあまり、自ら職業選択の幅を狭め、最悪何も仕事を選べないという状況になり得る。プライベートにおいてもそのような状態では恋愛はおろか友人関係を築くのにも著しい困難を生じる。

症状の性質上、健常的な範疇内での純粋な容姿のコンプレックスと身体醜形恐怖との判別がつきにくい事が、この病をより複雑化している。両者を併せ持つケースも考えられる。しかし、醜形恐怖患者は、自分の容姿について、絶え間なく悩まされるという部分に両者の間で決定的な違いがある。醜形恐怖患者の中には、もちろん誰にでもあるような、客観的に見られる体の醜さで悩む事もあるだろうが、それ以上にその「醜い」「容姿が気になる」という思考・感情をコントロールできない部分にこそ本当の根深さ・問題が隠されている。また顔というのは全体的バランスとして美醜を判断すべきだが、醜形恐怖患者は、目・鼻・口・毛髪等細部の各パーツ毎に極度のこだわりと理想を持っているのも特徴である。この状態が逸脱しすぎて、一般的に言われる美醜というより自分の中で描いている理想と現実のギャップに絶望・不安と混乱を生じやすい。妥協という言葉は一切生じない。この「醜い」という不快な思考を抑えても、抑えても、果てしなく湧き上がる状態は、たとえば強迫性障害で、人を車ではねたのではないか?物が決まった場所に無いと焦燥を感じる、等の恒常的な永遠と反復する不安に陥る、思考をコントロールできない部分で共通する。強迫性障害と深い関わりがあるといわれる理由はここにある。つまり、常に付きまとわれる容姿についての悩み(強迫観念)とその不安を消失させるために鏡を見る等の確認行為(強迫行動)、そして鏡や反射物を恐れる(逃避行動)は、全て強迫性障害によく見られる行動パターンである。健常的範囲での容姿コンプレックスであれば、一時的な観念的悩みはあれど、強迫行動や逃避行動までには至らない。また、鏡を見る行為ひとつとっても、健常者であればエチケット・身だしなみとして気軽に見る行為であるが、醜形恐怖患者の場合は、そのような要素よりもとにかく不安を抑えるための確認作業・苦渋の解決策として極度のストレスを伴いながら鏡を見る。これらの点を踏まえると、この障害は精神病というよりは、先天的あるいは環境による性格的・神経症的な要素が強い。したがって、この症状は外界からのストレスに比例しやすく、労働や人間関係等でストレスが増すとこの症状もまた増幅する傾向がある。このような悪循環なループに陥る事が多く、醜形恐怖患者は、自己解決能力が著しく乏しいとも言える。

高頻度でうつ病を合併しやすいのも特徴的で、これは強迫性障害患者においてもよく見られる。持続的に襲われる容姿に対する不安・恐怖やそれを抑えるための確認・逃避行為によって、精神が疲弊し、結果的にうつ病が導かれるものと考えられる。また醜形障害患者は、ある程度の割合で自臭症も併発しやすい。これは自分の臭いによって他人に迷惑を与えていないか、あるいは自分の容姿によって他人に不快な気分にさせていないか?という両点で対人恐怖症的要素が強く反映されている。また、客観性を欠いた、妄想的なとらわれから醜くないにもかかわらず、自己を醜いと判断しこの症状に陥る事もあり、これにより統合失調症の前駆症状としてみなされる事もある。強迫性障害から派生する場合は、統合失調症の妄想性と異なり、性格由来の「完全主義」「頑固さ」が局部的な思考の歪みとして容姿に集中するために起こる。この点で、ひとくちに醜形恐怖といっても、強迫性障害や統合失調症等その発生過程は異なる。

患者によっては、時間帯によって症状が変化する事もある。たとえば、朝方から日中にかけて醜形恐怖の症状が強く現れ、日没後から症状が落ち着きだす等である。この日中から夜間における症状の変動は、関連性が持たれているうつ病患者においても顕著に見られるものである。これは本来生物に備わっている日中、精神活性化をつかさどる交感神経と夜間の精神緩和をつかさどる副交感神経の作用・影響が考えられる。


  1. ^ a b 英国国立医療技術評価機構 2005, Introduction.
  2. ^ Bjornsson AS; Didie ER; Phillips KA (2010). “Body dysmorphic disorder”. Dialogues Clin Neurosci 12 (2): 221–32. PMC 3181960. PMID 20623926. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3181960/. 
  3. ^ Record China (2013年5月21日). “整形する人の自殺率は一般の人の45倍”. Record China. 2020年3月24日閲覧。
  4. ^ a b 英国国立医療技術評価機構 2005, Chapt.1.4.2.
  5. ^ Nast, Condé (2021年9月9日). “ヴィデオ会議で映る自分の見た目が気になる「Zoom異形症」が増加している”. WIRED.jp. 2023年10月17日閲覧。
  6. ^ a b c d e アレン・フランセス 2014, pp. 103–105.
  7. ^ a b c d e 英国国立医療技術評価機構 2005, Chapt.1.5.1.
  8. ^ a b c d 英国国立医療技術評価機構 2005, Chapt.1.5.3.
  9. ^ 矢島道、矢島新、松田英子「身体醜形障害と妄想性障害を合併した成人事例に対する認知行動療法:―自動思考記録表と週間活動記録表の活用―」『カウンセリング研究』第46巻第4号、2013年、214-225頁、doi:10.11544/cou.46.4_214NAID 130005132071 
  10. ^ 大塚明子「曝露反応妨害法が奏功した身体醜形障害を伴う強迫性障害の一治療例(実践研究,<特集>社会福祉と行動療法)」『行動療法研究』第29巻第2号、2003年9月30日、171-181頁、NAID 110009668021 
  11. ^ a b c d 川上正憲、中村敬、中山和彦「アトピー性皮膚炎に身体醜形障害を併存する1例をめぐる考察 : 皮膚症状への"とらわれ"に対する外来森田療法」『心身医学』第55巻第4号、2015年、359-366頁、doi:10.15064/jjpm.55.4_359NAID 110009923721 
  12. ^ 大倉 朱美子・高橋 進・山本 浩・森田 千尋・東谷 明子 (2001). “身体醜形障害の青年期女子症例の治療経過”. 心身医学 41: 564. 
  13. ^ 『認知行動療法事典』丸善、2019年、109頁。 
  14. ^ 『認知行動療法事典』丸善、2019年、371頁。 
  15. ^ 鍋田 2011, pp. 182–184.
  16. ^ 鍋田 2011, pp. 182–183.
  17. ^ 鍋田 2011, pp. 182, 211–212, 214–215, 219–220, 222.
  18. ^ 『醜形恐怖症―自分の容姿が許せないあなたに寄り添う本―』河出書房新社、2022年、110-111頁。 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「身体醜形障害」の関連用語

身体醜形障害のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



身体醜形障害のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの身体醜形障害 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS