法科学 鑑識官と法科学者の役割

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法科学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/23 16:48 UTC 版)

鑑識官と法科学者の役割

犯罪や事件が起きた時、鑑識官(アメリカではおもに「フォレンジック担当官」またはCSI=犯罪現場捜査官・犯罪現場分析官に相当する)がまず現場に到着し、現場保存、現場写真の撮影、現場観察、現場資料の採取および押収などを行う。その中で、一般的な分析は鑑識官が行い、必要に応じて専門分野の法科学者が資料の調査・分析などを担当することになる。高度な分析はおもにアメリカではFBIの研究所、日本では科学捜査研究所科学警察研究所と協力して行われる場合が多い。日本において、鑑識官とは警察に所属する地方公務員の警察の職種名であり、鑑識については警察学校で学ぶ。一方、法科学者とは法科学専門分野の博士号などを取得している鑑識関係の業務に就くもの(民間を含む)といったニュアンスである。

法科学者は、科学的な証拠を集め、保全し、分析、研究を行う。しばしば犯罪現場に自ら赴き証拠を収集する場合もあれば、研究室で分析を担当する場合もある[34]。場合によっては、専門家の立場から分析結果について裁判で証言することもある[35]

なお、鑑識官や法科学者は(後述する)テレビや小説と異なり、本来は犯罪捜査において分析や研究を担当し、捜査を担当するのは刑事や検事(アメリカでは加えて保安官や連邦捜査官など)である。ただ、日本では警視庁特別捜査官として、法科学の中の一分野であるデジタル・フォレンジクスを専門に担当する「科学捜査官」なる肩書が存在する[36]

課題

担当者の中立性

現在、日本において、死因に関する法医学鑑定や高度な精神鑑定などを除き、日常的に多く行われている鑑定は、警察の鑑識課および各都道府県警察所属の科学捜査研究所によって行われている。鑑識では、指紋・足跡・写真の鑑定や臭気選別などが行われ、科学捜査研究所ではDNA型鑑定や血液鑑定、毒物鑑定、物理鑑定、筆跡鑑定、ポリグラフ検査などが行われている。しかし、これらの鑑定が警察もしくは警察所属の機関で行われることに対し、公正性に問題がある(警察による圧力など)ため、研究所は独立するのが望ましいとの指摘がされている[37]

担当者の質

アメリカでは、近年、警察の鑑識に係る担当者が、基本的な血液型等の知識すらなかったり、資質が問題となり、長年にわたる証拠見直しが余儀なくされるスキャンダルも発生し、体制の見直しが求められることになった[38]

分析結果の解釈

科学として確立された技術であっても、それによって生み出された「結果の解釈」については、その「解釈」が科学的かという点もあり、法科学とするか議論の余地が残される。

たとえば、ポリグラフ検査の結果は、米英において「法廷で有効な証拠 (admissible evidence)」、つまり証拠能力があるとは一般に認められていない。ただし、アメリカにおいても州によって微妙に異なり、日本でも対応は議論がある。また、「声紋(スペクトログラム)」鑑定の結果の採用についても、日本では個別判例はあるが、共通した基準は設けられていない[13]

テクノロジーの進歩

日本ではパソコン遠隔操作事件に代表される、警察が対応に遅れるばかりか冤罪を作ってしまった事件[39] などが続き、パソコンに詳しくない、プログラミングやインターネットの専門知識に通じていない警察の捜査として度々批判にさらされている[40]。これらコンピューター・インターネット関連の犯罪をサイバー犯罪などという。

倫理上の懸念

アメリカにおいて、DNA型鑑定を利用して、40年越しの連続殺人事件の犯人逮捕に結びつけたという事例があるが、一般向けのDNA家系図サイトを利用したことから、プライバシーや倫理上の問題が指摘された[41][42]

そのほか、インターネット関連では、プライバシーの侵害や技術の現実に即していない法律など、犯罪者と警察捜査方法の両者について、様々な問題に直面している[43]

CSI効果

テレビドラマなどのノンフィクションに描かれた法科学が、陪審員や裁判員に過大な期待を抱かせてしまう、CSI効果についての懸念。

メディア

日本においては、まだ法科学(フォレンジック・サイエンス)という名称と概念は一般的ではなく、テレビドラマ(科捜研の女トレース 科捜研法医研究員の追想科学捜査研究所・文書鑑定の女)、小説(島田一男『科学捜査官』」)、漫画(古賀慶『トレース 科捜研法医研究員の追想』)など、小説やメディアによってフィクションの「科学捜査」という言葉や科学捜査研究所と結びつけて一般に認知されている。

一方、英語圏では、実際に起きた事件において法科学(フォレンジック・サイエンス)がいかに事件解決に貢献したかを追う、ドキュメンタリー形式シリーズ番組、「Forensic Files」や「Cold Case Files」、「The New Detectives」などの法科学の成果に焦点を当てた専門番組や、犯罪ドキュメンタリー番組が多数存在する。

そういったドキュメンタリー番組シリーズからインスパイアを受けて制作[44] した、フィクションの「CSI:科学捜査班」(本来、正しくは「CSI:犯罪現場捜査」CSI: Crime Scene Investigation)とそのスピンオフを筆頭に、フォレンジック・サイエンス犯罪ドラマ (forensics crime drama) が大流行。実際の法人類学者の著作からインスパイアされて制作された「BONES -骨は語る-」や、「NCIS 〜ネイビー犯罪捜査班」といったドラマで法科学者が活躍、人気を博し、一般の法廷ドラマや犯罪ドラマでも欠かせない要素として、法科学(フォレンジック・サイエンス)の概念は広く一般大衆に認知されていると言える。なお、上記ドラマCSIの日本版においては、名称を「CSI:犯罪現場捜査」から「CSI:科学捜査班」と日本向けにわざわざ変えている。


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