京成電鉄 概要

京成電鉄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 13:32 UTC 版)

概要

鉄道業を本業とし、不動産事業も展開している。また、鉄道、バス、タクシーなどの交通機関を運営する京成バス東京ベイシティ交通北総鉄道新京成電鉄関東鉄道千葉交通などの親会社でもあり、東京ディズニーランドなどを運営するオリエンタルランドの筆頭株主でもある(「主要グループ会社」参照)。

コーポレートスローガンは「いろんな笑顔を結びたい」。

かつての社名は京成電気軌道で、当時の英語略称は「K.D.K」(Keisei Denki Kidō)であった。また、2000年代に発売していたパスネットでの符号はKSであった。

路線全体の駅数は2014年3月末時点で69駅[3]京成高砂駅を除く京成の列車が停車する北総鉄道北総線との共同使用駅となる4駅[注釈 1]を含む)ある。

社紋・グループマーク

社紋は1909年(明治42年)の会社創立とともに初代社長となる本多貞次郎によって考案された。京成の「京」を円形に図案化し、チームワークの重要性や路線延長の将来性を象徴したものである。1964年(昭和39年)改正の新社紋は旧社紋の基本的な図形を踏襲しているが、線をより太くすることで力強い印象を与えている[4]

2001年(平成13年)に制定された京成グループのグループマークは「ベストマナー向上推進運動(BMK推進運動)」の一環として、グループの一体感とイメージアップを目的に導入されたものである。青(ライナーブルー)はグループの将来性と社会への貢献を、赤(ライナーレッド)は情熱と向上心を表している[4][5]

なお、京成グループの中には新京成電鉄や、京成タクシーホールディングス傘下に再編される前の京成直系のタクシー各社等、京成電鉄の社紋をアレンジした社紋を持つ会社もある。ただし、新京成電鉄とかつての佐倉交通(現・京成タクシー佐倉)の社紋はどちらも京成の社紋の中心にSが入っているがSの形状が異なる。

歴史

会社設立から成田延伸まで

日本の鉄道会社は、有名な神社仏閣への参拝客輸送を目的として設立されたケースが少なくない。成田山新勝寺江戸時代から多くの参拝客を集めており、1897年(明治30年)に総武鉄道佐倉駅を起点として成田鉄道(初代)が開業すると、多くの参拝者が利用した。その後、1900年代に入ると全国的に電気鉄道ブームが起きる中で、東京成田を直結する電気鉄道が3者競願で計画されたが、後に3者は合同し1903年東京府東京市本所区押上 - 千葉県印旛郡成田町間を軌道条例によって出願。1907年5月28日に押上 - 成田・佐倉町宮小路 - 佐倉停車場について特許を得て、1909年6月30日京成電気軌道株式会社を設立した。日露戦争後の経済不況のなかで株式募集は難航したといわれている。

1911年11月9日に第一期工事として押上 - 市川(仮・現江戸川駅西方)・曲金(現・京成高砂) - 柴又間を着工し、翌1912年11月3日に開業した(なお、この時市川へは渡船で連絡していた)。また、これに先立つ同年4月27日には帝釈人車軌道(柴又 - 金町間)を買収。すなわち、京成最初の営業路線は人車軌道であった。

1913年10月21日に改築が完成した柴又駅 - 金町駅間を開業させ、以後1914年9月1日に江戸川駅 - 市川新田駅(現・市川真間駅)間、1915年11月3日に市川新田駅 - 中山駅間、1916年12月28日には中山駅 - 船橋駅間と延伸を繰り返した。

船橋から先はまず県都千葉を目指すこととし、1921年7月17日に船橋駅 - 千葉駅(後の京成千葉駅、現・千葉中央駅)間が開業。当時の京成の千葉駅は現在の千葉中央公園の位置にあって、千葉市の中心部には省線千葉駅よりも近く、1935年昭和10年)7月1日に省線が電化されるまでは利用客数で圧倒的優位に立っていた。

1925年10月には本来の目的地・成田への延伸に着手。翌1926年12月9日津田沼駅 - 酒々井駅間、24日には酒々井駅 - 成田花咲町駅(仮駅)間を開業し、ここに東京と成田までが結ばれることとなった。なお、成田の駅の位置を巡っては新勝寺門前により近いところへの設置を画策して成田電気軌道(旧・成宗電気軌道)を買収(1925年)してその線路を接続する案もあったが、成田山門前の商店街の猛反発に折れ、1930年(昭和5年)4月25日に現在の位置に京成成田駅を設置した。

都心延伸から終戦まで

東京側のターミナル駅となっていた押上は、京成開業後発展していたものの、都心へは市電の乗り換えを必要とし、押上 - 浅草間の路線延長を計画した。しかし京成に隣接する東武鉄道隅田川を越えて浅草花川戸地区への路線延長を計画すると京成側でも、これを計画して東武との競願になった。そして、1928年(昭和3年)9月に京成は自社に有利になるよう東京市会議員に働きかけ、不正資金供与発展した京成電車疑獄事件が発覚して、社長・専務ら会社幹部が逮捕される事態となり、結果的に浅草延伸は断念に追い込まれた。

その後、日暮里 - 筑波に鉄道敷設免許を有していた筑波高速度電気鉄道を東武との競合の末に1930年(昭和5年)10月21日に吸収合併。その免許を利用する形で翌1931年(昭和6年)12月19日青砥駅 - 日暮里駅間、1933年(昭和8年)12月10日に日暮里駅 - 上野公園駅(現・京成上野駅)間を開業。念願であった都心延伸を果たした。また日暮里駅 - 上野駅間は上野公園下の地下線となったが、これは東京の郊外電車としては初のケースとなった[注釈 2]

この頃、1928年(昭和3年)4月7日には白鬚線向島駅 - 白鬚駅間)を開業した。白鬚橋を渡って三ノ輪橋王子電気軌道(現在の都電荒川線)と結ぶ計画もあったが、上野延伸と引き換えの形で1936年(昭和11年)2月28日に廃止された。

また、1927年(昭和2年)8月21日には谷津支線(京成花輪駅〈現・船橋競馬場駅〉 - 谷津遊園地駅間)を開業したが、後に谷津海岸駅(現・谷津駅)からの道路が開通したために1931年10月27日に休止、1934年(昭和9年)6月22日に廃止されている。

創業時から兼業として電灯電力供給事業、その後バス事業や土地分譲、谷津遊園の開設などが行われていたが、昭和恐慌での経営不振の打開策として、東京電燈から千葉県及び茨城県の一部の電灯電力供給事業を譲受すべく交渉。1934年(昭和9年)11月9日に当事者同士での契約調印がなされたが、監督官庁の逓信省が認可しなかったため不成立に終わった。しかし、資金・人材の手当は済んでいたこともあり、ここから積極的な兼業展開を展開することとなる。1936年(昭和11年)には幕張に畜産加工工場を設立して「京成ハム」「京成ソーセージ」などの商品名で精肉加工肉製造販売や「京成シミトール」(湿布薬)などといった薬品を直営で販売(大手私鉄本体が食品業・薬品事業を行ったのはこの社だけであると思われる)。1938年(昭和13年)には帝都タクシーを設立、梅鉢車輛(後の帝國車輛工業)を系列化。1943年(昭和18年)にはセレベス開発鉄道を設立した。これ以外にも、百貨店経営や株式会社大日本東京野球倶楽部東京読売巨人軍の前身)への出資(筆頭株主であった)などが行われていた。

その後、太平洋戦争下の1942年(昭和17年)には電灯電力供給事業を関東配電株式会社(東京電力の前身)に譲渡。また陸上交通事業調整法の下で常磐線以南のエリアの統合中核企業とされたが、系列下にあった総武鉄道(2代)は東武に、城東電気軌道は東京市電に統合されたためバス会社の統合のみが行われた。この時総武鉄道(2代)を喪失したことが戦後新京成電鉄を設立する動機になったといわれている。併せて千葉県下の成田鉄道(2代)・小湊鐵道九十九里鉄道が京成の資本系列下に入り、戦後に千葉県下全域へ事業を拡大する基盤を得ることとなった。

戦時中特筆することとしては、日暮里駅 - 上野公園駅間が当時の運輸省接収を受けたことであろう。戦争末期に空襲が激しくなってきたことに伴い、運輸省の疎開先として上野公園下の地下トンネルに目を付けられたのだったが、ほとんど機能しないまま間もなく終戦を迎えることとなる。また、終戦直前の1945年(昭和20年)6月25日には、社名を京成電鉄株式会社に改めている。

戦後から高度経済成長期まで

1967年(昭和42年)から2013年まで使用された東京都墨田区押上の旧本社ビル(2013年5月6日)

戦後、沿線の下総台地にあった陸軍施設が軍隊解散とともに民間施設に転用された。中でも千葉県下の津田沼には鉄道連隊が設置され、演習線が津田沼を起点に県内の松戸に延びていた。この演習線跡地に目を付けた京成電鉄は仮称「下総電鉄」を設立して、連合軍総司令部 (GHQ)・運輸省への払い下げ交渉を開始した。西武鉄道との激しい競合の末に1946年(昭和21年)3月に転用許可を、8月には路線免許を獲得。10月には正式に新京成電鉄を創立して新線開業を押し進めることとなった。

また、交通統制が緩んだこの時期に東京の電鉄各社は都心延伸の免許申請を行った。しかし、電鉄各社や営団東京都との利害が輻輳し、京成でも1950年(昭和25年)8月に押上 - 有楽町間の免許申請を行ったものの、1957年(昭和32年)6月に運輸省の行政指導で「地下鉄網の建設・運営は『営団』『東京都』が担当」「各電鉄は地下鉄に相互乗り入れ運転」の方針が決定される。京成電鉄は京浜急行電鉄(京急[注釈 3])とともに東京都が担任する1号線(現・浅草線)に相互乗り入れすることとなったが、京成 - 京急では軌間の違い(京成1372mm / 京急1435mm)が最大の問題となった。

京成・京急・都の3者での協議の結果、軌間は1435mmに決定。そのため、京成電鉄では全線を11工程13工区に分けて改軌工事を実施、運転を継続したまま1959年(昭和34年)10月9日夜から12月1日朝までの50日間にわたって工事を行った。また、同年2月には押上駅の地下移設工事に着工し、翌1960年(昭和35年)11月30日に現在の新駅が営業開始、予定の12月1日より3日遅れの4日午後より1号線押上駅 - 浅草橋駅の開業によって初の郊外電車 - 地下鉄の相互乗り入れが行われることとなった。

戦災にあった千葉市は、戦後の都市復興計画により抜本的な区画整理が行われ、この時に国鉄・京成電鉄の路線変更および両者の千葉駅の移転も行われることとなった。京成千葉駅(現・千葉中央駅)が現在地に移転して仮開業したのは1958年(昭和33年)2月10日である。

1960年(昭和35年)前後には千葉・茨城県下の交通各社を系列下に収めるべく、1959年(昭和34年)5月に常総筑波鉄道、11月には鹿島参宮鉄道(以上2社は後の関東鉄道)、1960年(昭和35年)11月には銚子電気鉄道千葉交通の傘下に)の各鉄道や周辺バス会社を傘下に収めていった。同じ頃には兼業部門の拡充を再開。流通部門では京成百貨店の開業(1963年)や京成ストアの設立、不動産部門ではオリエンタルランド(1960年)や京成不動産(1971年・不動産部の独立)、谷津遊園の拡充や京成ホテルの設立などが行われた。

成田空港乗り入れと経営危機から再建まで

1970年代に入ると、1969年の営団(現:東京メトロ)東西線西船橋駅延伸や1972年の総武本線東京駅 - 津田沼駅間複々線化(総武快速線)開業といった競合路線の新設や輸送力の増強によって旅客を奪われるようになり、交通事業での収益を上げることが難しくなっていった。このため、収益源を兼業部門に求める傾向がますます強くなり、特に沿線を離れた東北地方北海道での土地買収・開発を押し進めていった。具体的には、常磐急行交通(1962年〈昭和37年〉)での長距離バス進出(新橋 - 日立)、いわき貨物自動車(1962年系列化)・日本陸運(後の「みちのく急送」)に改称、1964年系列化)での陸送部門での関与、さらには南部縦貫鉄道へも資本参加している。

また、ニュータウン交通機関として新線建設を目的とした会社に相次いで出資した。北総開発鉄道(1972年〈昭和47年〉。現・北総鉄道)、千葉急行電鉄(1973年〈昭和48年〉。1998年解散、現在の京成千原線を経営)、遅れて東葉高速鉄道(1981年〈昭和56年〉)が対象となった。そして、成田空港へのアクセスを目指して1968年(昭和43年)12月に新線免許を申請した。しかし、運輸省と新東京国際空港公団(ともに当時)が空港ターミナルビル地下への乗り入れを拒否した(当時予定されていた成田新幹線との兼ね合いもあった)。結局、第1・第2ターミナルビルの中間に駅を設置(空港通勤者の交通機関という位置付けとされた)することとなり、1970年(昭和45年)11月に着工、突貫工事により1972年11月には建設工事を終了し、1973年2月には習熟運転も始まった。しかし、反対運動による開港の延期(さらには初代AE車への放火)で6年あまり営業できない期間が続いた[注釈 4]。都心側でも、京成上野駅の改良工事が1973年6月から1976年7月まで行われた。

こういった大型投資を繰り広げている最中にオイルショックに見舞われた。1977年(昭和52年)度決算ではついに無配に転落。空港新線が開業できなかったことも一因としてあるが、とりわけ積極的な土地投資が裏目に出て、土地評価額の下落と金利負担が経営を圧迫、ついには累積赤字が1980年(昭和55年)度上半期で133億円、1983年(昭和58年)度下半期で281億円に達した。この時、京成線の廃止までも検討していた[要出典]

1980年(昭和55年)10月に経営再建計画を策定、25%に上る人員削減といった徹底した合理化と系列百貨店閉鎖などの兼業整理、谷津遊園跡地や津田沼の車両工場などの資産処分を次々と行った。また、同年3月には日本民営鉄道協会からも脱退(再建後の1990年4月に復帰)し、春闘の賃上げ交渉も独自に行うなど、なりふり構わぬ経営再建を図った。このため、1980年代前半までは労働組合による単独のストライキが頻発することもあったが、傘下のオリエンタルランド東京ディズニーランドの招致に成功したことや、リストラ策が功を奏して経営が好転した。1988年(昭和63年)度上半期に12年ぶりの経常利益を計上[6]1989年度上半期には累積赤字を解消[7]。下半期には株式配当も復活し、ようやく経営危機からの復活を果たすこととなった[8]

再建から発展へ

1980年代後半以降、成田空港のアクセスを巡っては、開港後も駅の立地の悪さから離れた場所で苦戦を強いられ、投資が回収できない状態が続いた。しかし、高速道路の渋滞によりリムジンバスの遅延が慢性化するようになったため、1988年(昭和63年)になって空港アクセス鉄道建設に対して真剣に検討が行われた。この結果、1991年(平成3年)3月19日東日本旅客鉄道(JR東日本)と共同でのより空港に近い成田空港駅への乗り入れが実現し、利便性が向上した[9][10](旧来の成田空港駅は東成田駅に名称変更[11])。

21世紀に入り、鉄道部門では新型車両の導入や駅員の大量募集といった積極経営を行っている。駅員募集は毎年のように行われており、数多くの人数を受け入れている。また、M&Aの動きが活発化する中で、高い資産価値を持つオリエンタルランドに対して簿価の小さい京成電鉄が親会社となっていることへの懸念が指摘されており、2006年4月に株式の敵対的買収に対する防衛策の導入を発表した。

そして、2010年(平成22年)7月17日には成田スカイアクセス(成田空港線)が開業した[12]。 日暮里 - 空港第2ビル間を北総線経由で最速36分で結ぶことになり、成田空港へのアクセスの利便性がさらに向上した[12](後述の路線の節も参照)。 また、同日からは京成線各駅と北総鉄道芝山鉄道で一斉に駅ナンバリングを導入した[13]。京成電鉄では「京成」を示す「KS」と2桁の数字の組み合わせで駅を識別する。ただし、既に北総鉄道北総線として開業済みの新柴又駅 - 印旛日本医大駅間は京成としての駅ナンバリングの対象からは除外され、押上線押上駅都営地下鉄浅草線の駅ナンバリングとして付与されている「A20」と京成の駅ナンバリングとして付与される「KS45」を併記している[広報 4]。また、乗り入れ先のうち新京成電鉄は導入されていなかったが4年後の2014年2月23日に導入された。なお京急は3か月遅れの10月21日羽田空港国際線ターミナル駅開業日)に導入している。当時は、東京メトロ以外の大手私鉄が全線全駅で駅ナンバリングを導入するのは京成電鉄が初めてであった。京成電鉄が導入する以前に大手私鉄他社では、東京メトロのほか、近畿日本鉄道が2006年にけいはんな線のみに導入していた程度であった[注釈 5]

東京都墨田区押上にある本社の老朽化に伴い[広報 5]2013年9月17日に本社を千葉県市川市八幡に移転した[14][注釈 6]。新社屋は本線京成八幡駅都営地下鉄新宿線本八幡駅の両駅前の再開発地区(八幡三丁目2番1号の旧・京成百貨店跡地)に建設された。

年表


注釈

  1. ^ 「京成電鉄成田空港線の上限運賃認可と実施運賃について」によると[広報 3]、北総線のみの各駅から成田湯川空港第2ビル成田空港の各駅までは、印旛日本医大駅を境にそれぞれの運賃を別計算した上で、当路線と同額になるように乗継割引を設定することが明記されたため、北総線のみの各駅が京成電鉄(成田空港線)と共用化されていないことが確定している。
  2. ^ 京都市では1931年(昭和6年)3月31日に新京阪鉄道(現・阪急京都本線)が、神戸市では1933年(昭和8年)6月17日に阪神本線が地下乗り入れを果たしている。
  3. ^ 当時の略称は「京浜」だが「京急」で統一。
  4. ^ 成田空港建設中から、開港、そして鉄道乗り入れ後も度々中核派などによって線路や会社関係者宅や関係施設に爆弾が仕掛けられることがあった。21世紀に入ってからはほとんど見られなくなっている。
  5. ^ 近畿日本鉄道は2015年に全路線に導入路線を拡大している。
  6. ^ 東京都内を走る関東の大手民鉄が東京都外に本社を構える例としては京成のほか、埼玉県所沢市西武鉄道神奈川県横浜市西区京浜急行電鉄がある。
  7. ^ 開業当初から1200Vであった。
  8. ^ これにより、旧上総国市原市)にも京成の路線が存在することになった。また、帝都高速度交通営団を除く関東大手私鉄の路線総延長キロ数が東京急行電鉄を抜き第4位となった。
  9. ^ この開業により、路線総延長キロ数が関東大手私鉄では小田急電鉄を抜き第3位(2004年に大手私鉄に認定された東京地下鉄を含むと第4位)となった。
  10. ^ 新京成電鉄は当初導入していなかったが、2014年2月23日から導入された。
  11. ^ 北総鉄道でも同日から使用開始。従来の誘導無線式アナログ列車無線との併用。
  12. ^ 阪急電鉄西武鉄道では定期列車だけで10種別体制であり、京阪電気鉄道では大手私鉄で最も列車種別数が多い11種別が設定されている。
  13. ^ 1947年に火災で焼失したモニ7銚子電気鉄道に譲渡した例があるが、台車は他車の部品を流用、車体は新製している。このほか、廃車発生品の冷房装置長野電鉄に売却され、3500系電車の冷房改造に際して流用された例もある。
  14. ^ 電装機器を東洋電機製造製で統一している点は、京阪電気鉄道の例と同様である。
  15. ^ 千葉中央駅は含まない。
  16. ^ 路線図では2019年以前から省略を取りやめていた。
  17. ^ 京成幕張本郷駅ホームの駅名標など。

出典

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