ユリウス=クラウディウス朝
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特殊な継承
ユリウス=クラウディウス朝の皇帝たちは傍系継承を積極的に行ったが、それは「大甥・大叔父」というやや遠い傍系関係である場合が非常に多い。またこの関係には「女系を通じての傍系」(中世以降のヨーロッパでは王朝交代の範疇)も含まれた。これらは他の王朝の継承に比べて特異な慣習といえる。
- 大甥・大叔父の関係
- 初代皇帝アウグストゥスはカエサル家当主ユリウス・カエサルの大甥(姉の孫、姪の子)であった。
- 第3代皇帝カリグラは第2代皇帝ティベリウスの大甥(弟の孫、甥の子)であった。
- 第5代皇帝ネロは第4代皇帝クラウディウスの大甥(兄の孫、姪の子)であった。
- 継承者間ではないものの、第4代皇帝クラウディウスは初代皇帝アウグストゥスの大甥(姉の孫、姪の子)であった。
その流れから先代・後代の皇帝に限らなければ、甥と叔父も多かった。
- 甥・叔父の関係
- ティベリウスはクラウディウスの叔父であった。
- クラウディウスはカリグラの叔父であった。
- カリグラはネロの叔父であった。
また、そもそも養子関係である場合もあった。
- 甥・叔父の関係
- 第2代皇帝ティベリウスは初代皇帝アウグストゥスの養子であった。
- 第5代皇帝ネロは第4代皇帝クラウディウスの養子であった。
こうしたことは、ユリウス=クラウディウス朝の皇帝たちが常に先帝の直系による男系子孫ではなかったことを示している。男子継承者の不足が基本的な理由ではあるが、ティベリウスとクラウディウスはそれぞれティベリウス・ゲメッルスとブリタンニクスという存在がいたにもかかわらず、帝位を継承できなかった。
ごく一般的な父から息子(あるいは祖父から息子の子)という男系による直系継承が果たせなかったことは、ロバート・グレーヴズの『この私、クラウディウス』に代表されるユリウス=クラウディウス朝のイメージを決定付けた。つまり、自らの血族すらも貶め殺す、策謀に満ちた権力者の一族という描写である。
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