パームデール 歴史

パームデール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/29 14:46 UTC 版)

歴史

パームデールの市域内に最初にできたヨーロッパ人の開拓地は「パルメンタル」と呼ばれ、西部に向かうルーテル教会員が1886年に村として設立した[4]。彼等は中西部からの旅人であり、大半がドイツ人スイス人の子孫だった。土地の伝承に拠れば、この旅人達がヤシの木を見たときに大洋に近付いてきたのが分かったと語っていたとのことである。かれらはそれまで実際のヤシの木を見たことがなく、この地に生えるジョシュアツリーをヤシだと見誤って、その開拓地にヤシの名前を付けた(パームデール(Palmdale)の"palm"はヤシの意、パルメンタル(Palmenthal)はドイツ語でヤシの渓谷)。デイビッド・L・ダーラムに拠れば、当時ジョシュアツリーはユッカ・パームと呼ばれることがあり、それがこの名付けの理由だった[4]。この村は1888年6月17日に郵便局ができたときに公式に設立された。

1890年代までにアンテロープ・バレーの名前に元になった野生のアンテロープが死に絶えてから間もなく、パームデールや近くのハロルドに農家が次々に移民してくるようになり、穀物や果物を栽培した。しかし、これらの開拓者の大半が砂漠気候での農業に不慣れだったので、干魃の年が続いたときに、その大半が開拓地を棄てた。1899年では、一家族のみが当初の村に残っていた。開拓者の残りは郵便局も含めて、サザン・パシフィック鉄道の線路近くに移転した。この新しい社会はパームデールと改名され、現在の市民センターがある所にあった。その線路近くに鉄道駅が建設された。この鉄道はサザン・パシフィック社によって運営され、ロサンゼルスとサンフランシスコを結んでいた。サンフランシスコとニューオーリンズの間には「ウェルズ・ファーゴ」社の駅馬車線もあり、同じ場所で停まった[5]。パルメンタルとハロルドの開拓地があったという唯一の手掛かりは、現在のSアベニューと東20番通りの北東角にあるパームデール・パイオニア墓地である。ここは今後の歴史公園にする土地の一部としてパームデール市が最近取得し改修した。また現在は「マカダム公園」に移転した古い校舎があった。

この移転後、パームデールの人口が増え始めたが、水は貴重だった。1913年11月5日、カリフォルニア・ロサンゼルス水道がウィリアム・マルホランドによって完成されオーウェンズ・バレーからロサンゼルス郡に水がもたらされた。この時期、リンゴ、ナシおよびアルファルファが多量に収穫された[6][7]

1915年、パームデールでは最初の新聞である「パームデール・ポスト」が発刊された。現在はアンテロープ・バレー・プレス」という名前になっている。

1921年、パームデールとロサンゼルスを結ぶ最初の道路が完成した。この道はミントキャニオン/ランカスター道路と呼ばれ、後にアメリカ国道6号線に指定された。この道ができたことで、土地の農業が繁栄し、今日ある都市圏を構成する最初の一歩が踏み出されat。現在この道路はシエラ/ハイウェイと呼ばれている[8]

1924年、リトルロックダムとハロルド貯水池(今日のパームデール湖)が建設されて農業を支えるようになり、成長する社会に十分な水を供給するようになった[8]

パームデール湖、前景はカリフォルニア水道

パームデールと北隣のランカスターにとって第二次世界大戦が勃発するまでは、農業が支配的な産業であり続けた。1933年、アメリカ合衆国政府がカーン郡ランカスターの北6マイル(10 km) の地にマロック航空基地(当所の設立者の名前"Effie Corum"のファミリーネームを後から綴って"Muroc"とした)を建設した。この基地が現在のエドワーズ空軍基地になった。政府は1952年にパームデール空港を買収し、航空宇宙分野の開発と試験を行う施設、アメリカ空軍プラント42を建設した。その1年後の1953年、ロッキード社がこの空港に施設を建設した。この時以降、航空宇宙産業が地域の主要な雇用主の座につき、それが現在に至っている。今日、アメリカの軍事関係で使われた多くの航空機を生み出してきたという豊富な伝統があるために、パームデール市は「アメリカの航空宇宙首都」と呼ばれてさえいる[5]

1957年、パームデールで最初の高校であるパームデール高校が開校し、高校生が隣接するランカスターにあるアンテロープ・バレー高校まで行かなくてもよいようになった[9]

1962年8月、パームデールのタウンシップは現在の市民センター周辺の土地2平方マイル (5.2 km²) を編入することで公式にパームデール市になった。

1964年、パームデールとロサンゼルス市を結ぶ道路としてアンテロープ・バレー・フリーウェイすなわち州道14号線が完成した。当時のこのフリーウェイは、今日のテクノロジ・ドライブまで全線通じている。将来の「パームデール大陸間空港」が将来構想として浮かび上がったのがこの時期だった。1965年までにさらに20平方マイル (52 km²) を併合し、工業が栄えた。将来の商業空港の構想話で、多くの投資家が大量の土地を買い漁った[8]

1970年、ロサンゼルス市が提案される大陸間商業空港のために市の東の土地 17,750 エーカー (71 km²) 購入に動いた。しかし、アメリカ合衆国空軍は現存する空港がその商業用途能力一杯に達するまで、新しい施設の建設を保留することを望んだ。軍とロサンゼルス市航空局の共同利用合意により、現在はロサンゼルス・ワールド空港と呼ばれる会社が賃貸の土地に床面積9,000平方フィート (800 m²) のターミナルを建設し、1971年にオープンした。これが現在のロサンゼルス・パームデール地域空港であり、パームデール市は地域の信頼できる航空運行を確立するためにその管理を行っている[10]

1974年までにアンテロープ・バレー・フリーウェイの建設はカーン郡モハーヴェの南境で止まっていた。パームデールは最初の市民の建物であるパームデール市立図書館を建設した。北隣のランカスターが市制を布いたのもこの年だった。1920年代以降、ランカスターはアンテロープ・バレーやモハーヴェ砂漠の地域では大きく主要な地域社会であり続けていた[11]

1980年代と1990年代はアンテロープ・バレーの2つの都市を真に定義づける20年間になった。この地域で手頃価格の家屋が得られることで人口増に拍車をかけた。パームデールはロサンゼルス市で職を持つ者のベッドタウンになった。パームデールの人口はランカスターのそれに近付いていった。この時代、パームデールはカリフォルニア州で最も成長率の高い都市であり、国内でも2番目だった。1980年時点でパームデール市の人口は12,227人に過ぎなかった[8]

これが1990年には68,842人になった。この都市にアンテロープ・バレー・モールがPアベニュー(現在のランチョビスタ・ブールバード)と西10番通りにオープンし、モハーヴェ砂漠全体では最も繁華な交差点になった。1991年、パームデール自動車センター複合ビルがオープンした。1990年代と2000年代初期を通じて、パームデール中心部はカリフォルニア・ハイ砂漠の小売りと商業の中心になった。2000年、市の人口は116,670人になった。2002年、パームデールの人口が遂に北隣のランカスター市を追い抜いた。現在15万人の人口を抱え、市の計画委員会は21世紀の初期に管理された成長形態に進もうとしている。最近のサブプライム住宅ローン危機により、カリフォルニア州の他の都市と同様、パームデールでも夥しい数の抵当権執行が行われた[8][12]。しかし、抵当権執行の数が多いとしても、パームデール市は成長を続けている。


  1. ^ City Council”. 2007年1月17日閲覧。
  2. ^ a b CENSUS QUICK FACTS”. 2023年7月16日閲覧。
  3. ^ Greater Antelope Valley Economic Alliance Archived 2012年3月4日, at the Wayback Machine.
  4. ^ a b Durham, David L. (1998). California's Geographic Names - A Gazetteer of Historic and Modern Names of the State. Quill Driver Books. pp. 1320. ISBN 9781884995149 
  5. ^ a b Los Angeles County Public Library
  6. ^ Los Angeles County Public Library
  7. ^ Los Angeles County Public Library
  8. ^ a b c d e [Book; Palmdale: How It All Began. © City of Palmdale, 1998]
  9. ^ Palmdale High School
  10. ^ Palmdale Regional Airport – History
  11. ^ Los Angeles County Public Library
  12. ^ pr.com
  13. ^ Daily News – Antelope Valley
  14. ^ Palmdale City Library”. City of Palmdale. 2010年10月21日閲覧。
  15. ^ "Palmdale Station Archived 2010年3月31日, at the Wayback Machine.." Los Angeles County Sheriff's Department. Retrieved on January 21, 2010.
  16. ^ power plant
  17. ^ "Antelope Valley Health Center." Los Angeles County Department of Health Services. Retrieved on March 18, 2010.
  18. ^ Will Gerrymandered Districts Stem the Wave of Voter Unrest?”. Campaign Legal Center Blog. 2008年2月10日閲覧。
  19. ^ VV Daily Press
  20. ^ Best Of The West Softball Complex”. City of Palmdale. 2010年10月21日閲覧。
  21. ^ Big Rock Creek Camp”. 2010年10月21日閲覧。
  22. ^ Barrel Springs Trail & Arena and Joshua Ranch Trail”. City of Palmdale. 2010年10月21日閲覧。
  23. ^ Littlerock Dam and Recreation Area”. 2010年10月21日閲覧。
  24. ^ http://www.cityofpalmdale.org/departments/parks/amphitheater.html
  25. ^ Weather.com: Weather Channel Historical Weather for Palmdale, California, United States of America”. 2007年8月2日閲覧。
  26. ^ CENSUS OF POPULATION AND HOUSING (1790-2000)”. U.S. Census Bureau. 2010年7月30日閲覧。
  27. ^ Census figures in 1960 was enumerated prior to incorporation.
  28. ^ US Gazetteer files: 2010, 2000, and 1990, United States Census Bureau, (2011-02-12), http://www.census.gov/geo/www/gazetteer/gazette.html 2011年4月23日閲覧。 
  29. ^ www.tavpo.com AV Political Observer
  30. ^ AVNewPress.com






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「パームデール」の関連用語

パームデールのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



パームデールのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのパームデール (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS