ネイキッド・アイズ 来歴

ネイキッド・アイズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/11 03:30 UTC 版)

来歴

バース出身で友人同士だったピート・バーン(ボーカル)と、ロブ・フィッシャーキーボード)が、後にティアーズ・フォー・フィアーズを結成するメンバーらと共に活動していたバンド、ネオン(Neon)を前身とし、1982年にデュオ・バンドとして活動再開したのがネイキッド・アイズである。

フェアライトCMIをいち早く導入したバンドのひとつでもあり、デビュー当時、その音楽性は好評をもって迎えられた。2枚のアルバムと「僕はこんなに」「プロミセス・プロミセス」といったヒット・シングルなどを発表した後、1985年に解散。バーンはソロに転身、フィッシャーはクライミー・フィッシャーとして同様のデュオで再デビューした。1999年、フィッシャーは癌により42歳で病死している。

2006年からバーンがネイキッド・アイズ名義で活動を再開し、ソロ・プロジェクトとして再始動。翌年、カバー・アルバム『Fumbling with the Covers』を発表した。2013年には新作アルバム『Piccadilly』発売がアナウンスされたが、延期状態となっている。

ライブ活動は継続的に行われており、2016年にはヒューイ・ルイス&ザ・ニュースリチャード・マークススターシップらと共にイベント・ライブ「The 80s Cruise」への参加も予定されている。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

コンピレーション・アルバム

  • 『ザ・ベスト・オブ・ネイキッド・アイズ』 - The Best of Naked Eyes (1991年)
  • Promises, Promises (The Very Best of Naked Eyes) (1994年)
  • Naked Eyes / Spandau Ballet – Back 2 Back Hits (1998年) ※スパンダー・バレエの楽曲と合わせたベスト
  • Everything and More (2002年) ※ネオン時代のシングルを含む

シングル

  • 「僕はこんなに」 - "Always Something There to Remind Me" (1983年)
  • 「プロミセス・プロミセス」 - "Promises, Promises" (1983年)
  • "Voices In My Head" (1983年)
  • 「灯が消えるころ」 - "When the Lights Go Out" (1983年)
  • 「イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」 - "(What) In the Name of Love" (1984年)
  • "Cry Baby Cry" (2007年)

脚注

[脚注の使い方]

  1. ^ a b c d e Ankeny, Jason. Naked Eyes Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2022年6月11日閲覧。


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