ジャイアント・インパクト説 物理的問題点と新たな説明方法

ジャイアント・インパクト説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/15 21:16 UTC 版)

物理的問題点と新たな説明方法

ジャイアント・インパクト説にも、火星ほどの大きさの天体が地球を完全に破壊してしまわないような正確な角度で衝突し、衝突で自転軸の傾きを生じさせ、地球で活発なプレートテクトニクスが起こるようになる、というようなことが起こる確率が一見非常に低いという問題があった。この確率の低さは、地球外文明の存在の可能性の高さとそのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾(フェルミのパラドックス)を説明するための証拠として持ち出されることがあった。この考えはレア・アース仮説と呼ばれる。[要出典]

しかし、エドワード・ベルブルーノ英語版リチャード・ゴットは、最近の論文の中で衝突した天体はラグランジュ点 L4か L5 (地球の軌道上の、地球より60度先行した点と60度後方の点)で形成され、その後カオス的な軌道を移動し、適度に低速で地球に衝突したと主張した[1]。この仕組みによれば、このような衝突事件が起こる確率はかなり高くなるとされる。

また、ジャイアント・インパクト説が分裂説と同様に抱えていた問題として、月の軌道平面(白道面)が地球の赤道面と約5度傾いているのを説明出来ないというものがあった。しかし、この問題も最近の精度を上げたシミュレーションによると、ジャイアント・インパクトで飛び散った破片同士の重力的な相互作用によって説明出来る可能性が出てきている[10]

複数衝突説の登場

数値計算によると、地球に火星サイズの天体1個が衝突して月は形成されたとするシナリオでは、月の成分の5分の1は地球に由来し、残る5分の4は衝突した天体に由来することになる。しかしながら、実際には地球と月の成分構成(例えば酸素同位体比)がほぼ同一であることから、ジャイアント・インパクト仮説には物質科学的な問題点も存在している。この問題を解決するシナリオとして、イスラエル・ワイツマン科学研究所のラルカ・ルフらは複数衝突説を提唱している[11][3]

複数衝突説は、月は巨大衝突説が唱えるように1回の大規模衝突によって形成されたのではなく、複数の天体衝突の末に月が形成されたとする説である。この説では、微惑星の小さな衝突が20回程度繰り返され、衝突の度に原始地球の周囲に残骸の輪が形成され、小衛星となり、こうした小衛星が合体することで最終的に月が形成されたとする。複数衝突説では、放出物質の地球由来物質の寄与が大きい衝突も考慮出来る点や、月組成が多数の小衛星の組成を平均化した組成となることから、地球と月の物質科学的類似性の問題は緩和される。また、多様な衝突シナリオを考慮出来る点から、月を形成する物理的条件もより緩いものとなる[11]

地球の衛星以外の例

2005年に発表されたロビン・カナップ英語版によるシミュレーションでは、冥王星の衛星であるカロンも地球の月と同様に約45億年前に大衝突によって誕生したということが示唆された[12]。シミュレーションによると、冥王星の場合には直径が1600kmから2000kmほどある他のエッジワース・カイパーベルト天体が秒速1kmほどで衝突したとされた。カナップは、このような衛星形成の過程は初期の太陽系では一般的だった可能性があると推測している。

また、太陽系外惑星の形成シミュレーションによって、地球型惑星が形成される際には3個か4個に1個程度の割合でジャイアント・インパクトのような大衝突を経験し、月のような衛星を持つ可能性が指摘されている。このことから、他の恒星を回る惑星にも地球と同じような形成過程を経た月を持ったものがあるかもしれないと考えられている。


  1. ^ a b Edward Belbruno, J. Richard Gott III (2004). "Where Did The Moon Come From?". arXiv:astro-ph/0405372
  2. ^ “国立天文台・天文ニュース (235) ジャイアント・インパクトは普通の事件”. 国立天文台. (1999年1月28日). http://www.nao.ac.jp/nao_news/mails/000235 2009年10月19日閲覧。 
  3. ^ a b “月の起源、「巨大衝突」ではなかった? 定説覆す論文発表”. AFP通信. (2017年1月10日). https://www.afpbb.com/articles/-/3113531 2017年1月10日閲覧。 
  4. ^ Binder, A. B. (1974). “On the origin of the Moon by rotational fission”. The Moon 11 (2): 53–76. Bibcode1974Moon...11...53B. doi:10.1007/BF01877794. 
  5. ^ Halliday, Alex N (November 28, 2008). “A young Moon-forming giant impact at 70–110 million years accompanied by late-stage mixing, core formation and degassing of the Earth”. Philosophical transactions. Series A, Mathematical, physical, and engineering sciences (Philosophical Transactions of the Royal Society) 366 (1883): 4163–4181. Bibcode2008RSPTA.366.4163H. doi:10.1098/rsta.2008.0209. PMID 18826916. http://rsta.royalsocietypublishing.org/content/366/1883/4163.full. 
  6. ^ Hartmann, W. K.; Davis, D. R. (1975). “Satellite-sized planetesimals and lunar origin”. Icarus 24 (4): 504-515. doi:10.1016/0019-1035(75)90070-6. 
  7. ^ a b “国立天文台・天文ニュース (132) 月形成のシミュレーション”. 国立天文台. (1997年10月9日). http://www.nao.ac.jp/nao_news/mails/000132 2009年10月19日閲覧。 
  8. ^ 月の誕生について、巨大衝突説(ジャイアントインパクト説)は本当に正しいのでしょうか?その根拠はどのようなものなのでしょうか?月探査情報ステーション
  9. ^ 大衝突による月の誕生を支持する新たな論文(続報)アストロアーツ公式サイト
  10. ^ “大衝突による月の誕生を支持する新たな論文(続報)”. AstroArts. (2000年2月23日). https://www.astroarts.co.jp/news/2000/02/23moonimpact/index-j.shtml 2009年10月19日閲覧。 
  11. ^ a b Raluca Rufu, Oded Aharonson & Hagai B. Perets (2017), "A multiple-impact origin for the Moon", Nature Geoscience.
  12. ^ “SwRI scientist: Pluto-Charon origin may mirror that of Earth and its Moon”. Southwest Research Institute. (2005年1月27日). http://www.swri.org/9what/releases/2005/pluto.htm 2009年10月19日閲覧。 


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