サントドミンゴの植民都市 サントドミンゴの植民都市の概要

サントドミンゴの植民都市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/28 06:00 UTC 版)

サントドミンゴの
植民都市
ドミニカ共和国
首座大司教座聖堂前の広場
英名 Colonial City of Santo Domingo
仏名 Ville coloniale de Saint-Domingue
面積 93 ha
登録区分 文化遺産
登録基準 (2), (4), (6)
登録年 1990年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

歴史

サントドミンゴ(1730年)

サントドミンゴの植民都市(Ciudad Colonial)は、口語では植民圏(Zona Colonial)とも呼ばれる。植民都市は、サントドミンゴ市の原初の区画の一部分で、1500年代にまで遡るものである。市内を二分するオサマ川(Ozama River)の西端に位置する。今日の区画は5 km2 にも満たないが、コロンブス宮殿(Alcazar de Colón)、オサマ砦(Fortaleza Ozama)、アメリカ首座大司教座聖堂(Catedral Primada de America)など多くのランドマークがある重要な地区である。

サント・ドミンゴ周辺の衛星写真

かつての都市は、オサマ川からコンデ門(La Puerta del Conde)に伸びる防壁に囲まれていた。コンデ門は、後背地に続く唯一の門であり、19世紀後半までは都市の最も遠い境界でもあった。

スペイン人たちは、ここにアメリカでの最初の拠点を設置し、その後アメリカ大陸本土を征服していった。スペイン人が、メキシコキューバ、ほか南アメリカ各地を手に入れていった後は、彼らの注意は大陸本土の方に一層向けられるようになったが、それでもサントドミンゴの植民都市は重要な歴史的都市であり続けたのである[2]

今日の植民都市

丸石で舗装されたカジェ・デ・ラス・ダマス(Calle de las Damas)は、1502年に遡る最古の街路である。この歩行者専用路に、多くのランドマークが並んでいる。

植民都市内には、二つの重要な商業地がある。カジェ・デル・コンデ(Calle del Conde)とアベニダ・ドゥアルテ(Avenida Duarte)である。どちらにも多くの店舗やカフェが立ち並ぶ。アベニダ・ドゥアルテは地元のショッピング・センターといったところだが、より観光客受けするようにとの再開発計画の波にさらされている。

ラス・アタラサナス(Las Atarazanas)に隣接するプラサ・デ・ラ・イスパニダ(Plaza de la Hispanidad, 「スペイン系文化」広場)は、改修され拡張した広場で、小商店やレストランが集まっている。この地域は、アメリカ州で最初に出来た商業的中心地の一つであり、いまなお商業活動のハブとして機能している。

コロンブス宮殿(Alcazar de Colón)は、その名の通り、かつてはクリストファー・コロンブスの一族が居城として用いた建物で、元々は1510年に建てられた。現在は博物館として整備され、当時の調度品などが展示されている。

サンタ・マリア・ラ・メノル大聖堂(アメリカ首座大司教座聖堂)は、1540年に建造され、コロンブスの遺体を安置していることで知られている。セビリア(スペイン)のセビリア大聖堂をモデルにしており、総サンゴ石造りの大聖堂である。

ランドマーク

首座大司教座聖堂の外観
首座大司教座聖堂の内観

植民都市のランドマークや文化的遺構の多くは、スペインによる植民地時代に建造されたものであり、中には抜本的な改修や手入れが必要なものもある。

  • サンタ・マリア・ラ・メノル大聖堂(アメリカ首座大司教座聖堂) Catedral Santa Maria la Menor (Primada de America)
  • コンデ門(独立公園内)Puerta del Conde (Parque de la Independencia)
  • コロンブス宮殿 Alcazar de Colón
  • オサマ砦 Fortaleza Ozama
  • 独立公園 Parque de la Independencia
  • 国立パンテオン Panteon Nacional
  • 王室博物館 Museo de las Casas Reales
  • 王立日時計
  • サン・フランシスコ修道院跡 Ruinas de San Francisco, Monasterio San Francisco
  • ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・アルタグラシア教会 La Iglesia de Nuestra Señora de la Altagracia
  • サン・ニコラス・デ・バリ病院跡 Ruinas del Hospital San Nicolas de Bari—総督の命によって建設され、完成までに40年の歳月を費やした。
  • ラ・カーサ・デ・バスティダス La Casa de Bastidas
  • ニコラス・デ・オバンド邸 Hostal Nicolás de Ovando

  1. ^ 1992年、サントドミンゴには新大陸発見500周年を記念して巨大な「コロンブス記念大灯台」が建設されたが、莫大な建設費のため、国民から建設反対の運動が起きた。この国ではコロンブスは必ずしも英雄とは見られていない。
  2. ^ Santo Domingo; Fragmentos De Patria by Banreservas ISBN 99934-898-1-6


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