オランダ東インド会社 会計

オランダ東インド会社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/21 14:18 UTC 版)

会計

VOCの会計は1会社2会計システムで、本国においてはハンザ商人たちが用いていた旧来の簿記を使い[6]、在外商館では複式簿記を採用して年次報告を行った。会社全体を見る簿記は存在せず、決算は10年単位で非公開制だった。VOCはオランダとアジアの2元体制だったため、アジア取引を統括したバタヴィアが実質上の本社的業務を行い、アジア各地の商館は支店にあたり、アムステルダムほか本国の支社はアジアで仕入れた商品を販売した[9]

複式簿記は、主に仕訳帳と元帳を使い、日々の財務は日記帳に記録した。支店は主力商品である香辛料帳と、現金出納帳で管理した。上級簿記係という担当がおり、簿記係や書記を統括していた。帳簿係は毎年アムステルダムの委員会に集まり、帳簿が精査された。そのため在外商館では正確な記録が求められた。アジアの商館の中では平戸および長崎商館の帳簿が分析されており、仕訳帳が精緻化していたことが確認された[10]

主要年表

脚注

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注釈
脚注

  1. ^ 1613年にはイギリス東インド会社も平戸にイギリス商館を設置したが、1623年のアンボイナ事件をきっかけに出島から撤退し、1951年には英蘭戦争が発生した。
  2. ^ 1662年には台湾が建国され、鄭成功に一掃された。
  3. ^ オランダは主に造船業によって発達し、またイギリスやオランダはアジア貿易の拠点であったゴアマカオ香港バタヴィア香料諸島においても独占的な支配力を持つに至った[4]
  1. ^ 日蘭交流の歴史 在日オランダ大使館、2021年2月21日閲覧。
  2. ^ 東洋文庫 2015, pp. 18–30.
  3. ^ a b 根室市‐学芸員日誌‐「最初の千島探検」
  4. ^ 池田, 1964年
  5. ^ 中野 2002, pp. 4.
  6. ^ a b c 八重森 2017, pp. 80.
  7. ^ 八重森 2017, pp. 86–87.
  8. ^ Heijer, Henk J. den (2005), p. 84
  9. ^ 橋本 2019, pp. 75–76.
  10. ^ 橋本 2019, pp. 76–81.
  11. ^ オランダ東インド会社からみた近世海域アジアの貿易と日本” (日本語). nippon.com (2013年5月6日). 2020年6月15日閲覧。






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