YEOとは? わかりやすく解説

Yeo

名前 ヨーイオイヨ; イョオ; ヨ

Yeo

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/15 11:29 UTC 版)

yeoロシアインディーゲームスタジオ。また、スタジオ主催者Vadim Gilyazetdinovの別称でもある[1][2]

概要

作風は、「アウトローな存在をテーマに、彼らの暴力性だけでなくアウトロー故の哀愁や空虚さにも焦点を当て、それを緻密な2Dドット絵を用いて文学的に描く」と評されている[3]。『くにおくんシリーズ』の影響を強く受けた[2]、1980-1990年代風のドット絵のゲームを発表している[4]。スタッフの多くはロシア人であるが、1作目『The friends of Ringo Ishikawa』、3作目『Fading Afternoon』は日本が舞台となっている。ゲーム設計には北瀬佳範の影響も受けている[5]

yeoという名前は、Vadimがレースゲームで高得点を達成した際に思いついて入力して以来、使用している[6]。Vadimは中学生の時に漫画を描くようになり、映画監督に憧れて「directed by yeo」とサインをつけていた。その名残から、ゲームの冒頭には「by yeo」と表示される[2]

20歳未満である1作目主人公を含め、発表されている3作品全ての主人公が喫煙者であり、プレイヤーの好きな時に煙草を吸わせることができる。これは、Vadimとその親族全てが子供の頃からの喫煙者であるため。Vadimは煙草を「美しい」と感じ愛好していたが、31歳で娘をもうけてから禁煙している[5]

作品

The friends of Ringo Ishikawa (2018年5月17日。Steam、Nintendo Switch、Xbox One)
1980年代の日本を舞台に、高校3年生の秋を迎えた不良少年・石河倫吾とその友人たちを描く青春RPG。
Arrest of a stone Buddha (2020年2月27日。Steam、Nintendo Switch、Xbox One)
1976年11月のフランスを舞台にした、不眠症の殺し屋によるノンストップシューティングアクション。
Fading Afternoon (2020年9月15日。Steam)
1980年代大阪風の舞台で、10年間の服役を終えた初老ヤクザ・丸山誠二の生き様を描くRPG。

スタッフ

Vadim Gilyazetdinov(yeo)
監督、脚本、プログラム。
Artem Belov(Wedmak2)
背景画アーティスト。
Nikolay Gilyazetdinov
2作目までのキャラクターアーティスト。3作目でのアニメーションコンサルタント、作曲、ギター演奏。
Ueda M.
1作目のキービジュアル、翻訳校正。3作目のキャラクターアーティスト、キービジュアル。

経歴

オリジナルゲームの制作まで

Vadimは1981年にモスクワで生まれた[4]。子供の頃に、家に不良少年たちが突然やってきて怯えていたところ、ゲームデータが違法にコピーされたカートリッジを渡され、その中にあった『ダウンタウン熱血物語』に熱中するようになった[4][2]。未翻訳の日本語ゲームを、ストーリーのわからないままプレイし、主人公の「くにおくん」をヤクザだと思っていたという[2]。『熱血格闘伝説』や『忍者龍剣伝』や『ファイナルファンタジーVII』や『ゼノギアス』や『シェンムー』など、数多くの日本製ゲームをプレイした[2][4]。彼の父はソ連初期の極真空手家であり、幼少の頃から父に空手を習い、カンフー映画や忍者映画を見て東洋文化に魅了されて育った[7]

ある時、Vadimが学校から帰ると、自宅の玄関で父が血まみれで倒れていた。父は強盗集団に襲われ、そのうち一人は返り討ちにして気絶させるも、他の者にナイフで切りつけられた。命に別状はなかったが、以降、父は左手で拳をつくることができなくなった。このエピソードは、後に制作されたゲーム内にも反映されている[4]

Vadimは少年期について「生きるのに簡単な時代と場所ではなかった」と述べている。よく喧嘩をしたが、相手の顎を砕いて警察沙汰になって以来、喧嘩を避けるようになった。15歳の時にキックボクシングに熱中したが、脚の病気と目の怪我により辞め、ボクシングに転向した。その時期に、不正にコピーしたゲームデータを売りさばくという商売で大金を稼いでいた。違法であるが、「人生で最高の時だった。自由と友情の感覚、すべての道が開かれていて、達成できないことは何もなかった」という全能感があったという[4]。また、ギャンブル中毒でもあった[6]

大人になってからVadimは、化学の博士号取得後、モスクワのIT Government Departmentに勤めるようになった[4]。ロシア人向けの『くにおくん』ファンサイトを制作し、テクノスジャパンの素材を使った小規模な二次創作ゲームを制作するようになった[2]。ストーリーは悲劇的になりがちで、ある作品は「くにおくんが20年ぶりに故郷へ帰るが、若い人たちはもうくにおくんのことを覚えておらず、くにおくんは一文無しで、もう人生が上手くいかない」というストーリーだった[7]。より大規模なゲームを制作しようと考え、『Friends of Riki Samejima』[注釈 1]という、『The friends of Ringo Ishikawa』の前身となるタイトルをつけていた[2]

ファンサイトを立ち上げてから3年後、Vadimは既存の素材を使わない完全オリジナルのゲームを開発しようと思い立った[2]。2006年にGame Makerを用いてスクリプトを組み始めたが、窓から侵入してきた者にパソコンを破壊され、全てのデータが消えた[4]

『The friends of Ringo Ishikawa』発表まで

VadimはGameMaker Studioでプログラムを組むようになり、ゲームグラフィックのために1年間絵の練習をしたが挫折した[4]。グラフィックアーティストを探したが、ロシアのゲーム開発者向けフォーラムでは、コンセプトや舞台が「クソ」であると酷評を受け、応募がなかった[2]。一人で50枚の背景画を描ける人を求めていたが、「一人で描けるはずがない」ともフォーラムで言われた[1]。しかし、web上でWedmak2と名乗っている、建築家でピクセルアーティストのArtem Belovが名乗りを上げ、彼が背景画を手掛けるようになり、Artemは一人で50枚の背景画を制作した[2][1]。『The friends of Ringo Ishikawa』の物語はより悲しく落ち込んだものになる予定であったが、Artemが「善良で純粋な人」であるために、Vadimは悲劇性を抑制した[4]

次に、キャラクターアニメーションを描くアーティストを探したが、難航し見つからないまま2ヶ月が経過した。Vadimのゲーム制作は両親も応援していたが、Vadimが希望を失っているのを見て、当時58歳だった父のNikolayは、一からピクセルアートを学んでキャラクターを描くと名乗り出た。Vadimは様々な格闘技に精通しており、アクションを演じて撮影し、その動画をもとにNikolayが絵を制作した。Nikolayは2年かけて1000枚のアニメーションを描いた[1][2]

Vadimはゲームに集中するため、製作途中に会社を辞めた[2]。勝ちたいのであればリスクを背負わなければならない、という思いがあった[4]。妻はいい顔はしなかったが、応援してくれたという[6]

2018年5月17日に『The friends of Ringo Ishikawa』は発売された。評論では、「残酷な現実に押しつぶされそうな若者の、選択ミスと大きすぎる犠牲を描く物語」「不良の美学とノスタルジー」[8]、「多くの人が 10 代で直面する実存的危機」を描いている[9]、と語られた。

Artemの手掛ける背景イラストは「日本の小さな町の描写がリアルに感じられる」「細部へのこだわりは驚くべきもの」と評されたが、Artemに来日経験はない。Artemはアメリカに強い期待を懐いて訪米した経験があるが、「私は明らかにそこに属していないこと、そして自分が外国人であることをすぐに理解しました」とのことで、同じ思いを味わいたくないために敢えて日本へ行かないでいる[7]

『Arrest of a stone Buddha』発表まで

Vadimは前作の発表からすぐに、銃撃戦のシステムを作り、ゲームプレイを補完するものとしてストーリーを、次にコンセプトを作り上げた[10]

前作では椅子に座るアニメーションが1コマであったが、次作ではアニメーションを増やし6コマかけた。Vadimの長年の夢であった「ピクセルアートでコートを着脱する」という表現が実装され、完成までにNikolayはイラストを400枚も書き直した[10]

不良少年の友情を描く前作が、プレイヤーの選択を通して変化する人間関係や、身体能力と格闘技術のレベルアップ機能を備えているのに対し、次作の『Arrest of a stone Buddha』は「社会的に孤立しているプロの殺し屋」を描くために、能動的に誰かと交流することはできず、レベルアップ機能も削除された[5]

2020年2月27日に発売後、「前作から一転して、『Arrest of a stone Buddha』では青春や成長とは程遠い寒々しさ、空虚さでハードな世界が描かれています」「空虚な日々と鮮烈な戦い」「戦っている間しか生を実感できない主人公と、戦っている間だけが楽しいプレイヤーが重なる設計」と評された[11]

『Fading Afternoon』発表まで

Vadimは『The friends of Ringo Ishikawa』のSteamフォーラムで、ファンの日本人アーティストUeda M.と知り合い、彼女と共に『The Concrete Sutra』というゲームの制作に取り組んだ。しかし計画は頓挫し、その作品は漫画を発表するだけで終わった[12]

その後、ヤクザを題材としたゲームを制作することになり、Uedaがキャラクターアニメーションを担当した。Vadimは、これまでキャラクターを手掛けていたNikolayに、Uedaと共同で作業をしてほしいと思っていたが、NikolayはUedaのペースやクオリティに追いつくのは困難だとして、「ゲームを最高のものにしてほしいという思い」から身を引いてUedaに全てを委ねた。Nikolayは一部のBGMの作曲やギター演奏など、別の部分で開発に携わった[12]

Uedaは主人公のアニメーションを4700枚、それ以外のキャラクターを4000枚描いた。Artemは背景を80枚以上描いた[13]

2021年7月7日、『Fading Afternoon』の制作が発表され[14]、2023年9月15日に発売された[3]。1作目のエンディングが1つ、2作目のエンディングが2つであるのに対し、本作は多数の分岐があり、20時間以上プレイしてもif展開の終わりが見えない作品だと評された[3]

脚注

注釈

  1. ^ Riki Samejimaとは、『くにおくん』の登場人物である鮫島力のことである。

出典

  1. ^ a b c d THE TEAM”. 2023年10月9日閲覧。 公式サイトスタッフ紹介
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 高校生不良ACT『The friends of Ringo Ishikawa』「キャラを描く人が見つからなかった時、名乗り出たのは58歳の父でした」【注目インディーミニ問答】” (2018年5月19日). 2023年10月9日閲覧。
  3. ^ a b c 『Fading Afternoon』レビュー。昔気質なヤクザの“生き様と死に様”を描くアクションアドベンチャー、いくら遊んで底が見えない作り込みに圧倒されてしまう” (2023年10月12日). 2023年10月15日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k The Incredible Real-Life Story Behind The Friends of Ringo Ishikawa” (2019年5月30日). 2023年10月13日閲覧。
  5. ^ a b c How an existential beat ’em up is reworking open-world gameplay” (2021年4月21日). 2023年10月13日閲覧。
  6. ^ a b c TALKTIMELIVE.COM EXCLUSIVE with YEO” (2021年11月23日). 2023年10月13日閲覧。
  7. ^ a b c The Friends of Ringo Ishikawa is a free-form 2D brawler with a unique sense of melancholy / And an equally unique back story” (2019年6月19日). 2023年10月13日閲覧。
  8. ^ 『The friends of Ringo Ishikawa』友情は砕け散り、ツッパリ時代は終焉を迎える” (2018年6月4日). 2023年10月13日閲覧。
  9. ^ Review: The Friends of Ringo Ishikawa (Nintendo Switch)” (2019年4月). 2023年10月13日閲覧。
  10. ^ a b 殺し屋ACT『Arrest of a stone Buddha』「コートの脱ぎ着にこだわり、父には400枚の絵を描き直してもらいました」【注目インディーミニ問答】” (2020年3月5日). 2023年10月13日閲覧。
  11. ^ 次々死体の山築く殺し屋ACT『Arrest of a stone Buddha』空虚な日々と鮮烈な戦いの先に答えはあるのか?―映画的空気目立つ『Ringo Ishikawa』作者新作【爆速プレイレポ】” (2020年2月9日). 2023年10月14日閲覧。
  12. ^ a b 形を変えて今も続く、ゲーム作りにまつわる60を過ぎた父との絆―中年ヤクザアクションADV『Fading Afternoon』【開発者インタビュー】” (2023年8月27日). 2023年10月13日閲覧。
  13. ^ FAQ”. 2023年10月13日閲覧。 - 公式サイトの『Fading Afternoon』についてのFAQページ
  14. ^ ヤクザとして日々を送る2DドットADV『Fading Afternoon』発表。『The friends of Ringo Ishikawa』開発元の新作” (2021年7月7日). 2023年10月13日閲覧。

外部リンク


起業家機構

(YEO から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/19 06:33 UTC 版)

起業家機構(きぎょうかきこう、英語: Entrepreneurs' Organization)は、世界起業家によって形成された国際的な非営利組織である。略称EO1987年に設立された年商$1MILLION(1億円)を越える会社の起業家創業者の世界的ネットワーク組織で、86か国222チャプター、18,812名のメンバーによって構成される。

概要

EO Japan リージョン(イーオージャパンリージョン)は、起業家、創業者、経営者、ビジネスリーダーを対象 にしたグローバルネットワーク組織 Entrepreneurs' Organization(EO)の日本支部リージョンである。

Entrepreneurs' Organization(起業家機構)は、

現在EOは国内に17チャプターあり約1,300人の起業家が在籍している。

EO Japan リージョンはメンバーに対してビジネス成長、リーダーシップ開発、国際的な交流を目的とした多岐にわたるプログラムとリソースを提供している。EOの原則に基づき、プライバシーと倫理を重視しながら、メンバーが独自の経験を共有し、相互に学び合う機会を提供している。

●国内チャプター
  • Tokyo Central 設立:1995年10月
  • Osaka 設立:2010年7月
  • North Japan 設立:2015年7月
  • Nagoya 設立:2017年6月
  • Kyushu 設立:2017年6月
  • Tokyo West 設立:2018年1月
  • Tokyo Platinum 設立:2020年1月
  • Setouchi 設立:2021年1月
  • Kyoto 設立:2021年3月
  • Okinawa 設立:2021年12月
  • Kobe 設立:2022年6月
  • Hokuriku 設立:2022年6月
  • Hokkaido 設立:2022年7月
  • Ibaraki 設立:2023年6月
  • Kanagawa 設立:2024年6月
●BRIDGEチャプター
  • Japan Korea Bridge 設立:2021年6月
  • Beyond Japan 設立:2025年1月
●GLOBALチャプター
  • Tokyo Metropolitan 設立:2020年7月
  • Kansai Metropolitan 設立:2025予定

影響力と理念

EO Japan リージョンは、『EO Globalを牽引し日本経済の未来を拓く』をスローガンとし、EOのLeading Regionとなり、EO Globalの牽引役となり、成長を軸とした起業家団体 EO Japanが経済団体として名乗りを上げ日本の価値を底上げすることを目指している。コミュニティを通じて経済的成長と社会的影響力を追求し、メンバーが革新的なビジネスを通じて世界にポジティブな変化をもたらすことを目指している。

ミッション mission

  • 目的 our purpose 起業家の可能性を最大限に引き出し、世界を前進させる
  • 価値観 our values

Together we grow 共に成長

私たちは、違いを受け入れ多様性を尊重します

お互いの経験を共有し、ともに成長することにコミットします

Trust and respect 信頼と敬意

私たちは、誠実さを基盤に、深く永続する人間関係を築きます

Thirst for learning 学びへの渇望

私たちは、新しいアイデアや視点を追求します

Think big, be bold 大きく考え、大胆に

私たちは、革新し、リスクに挑み、違いを生み出します

さらなる難題に立ち向かい、ポジティブな変化をつくりだします

活動内容

  • フォーラム - 10名程度のチームに分かれて定期的に学びの場を形成
  • 月例会 - 内外から講師を招いた講演会やメンバー同士の交流をする場の開催
  • ラーニング・分科会 - 講師を招き学びの場の形成
  • メンターシッププログラム - メンター(相談を受ける先輩経営者)とメンティ(相談をする後輩経営者)が一対一でその経験をシェアしながら、年代や世代を超えた経営者同士の縦の関係構築を支援するプログラム 
  • GSEA - GLOBAL STUDENT ENTREPRENEUR AWARDS 世界学生起業家アワード
  • MyEO - 既存の枠組みを超える経験を求めるメンバーの選択肢として、フォーラム、イベント、グループの3つに別れ交流や学びの場の形成
  • ユニバーシティ - 世界各地のメンバーが集結する学びの場の形成

歴史

1987年にアメリカで青年起業家機構(英語:Young Entrepreneurs' Organization、略称:YEO)として設立され、2005年に現在の名称 Entrepreneurs' Organization に変更された。 日本では、1995年 10月にアメリカ以外で初めてアジア初の支部YEOが設立された。2006年7月に世界起業家機構(英語:World Entrepreneurs' Organization、略称:WEO)と統合されて、EOジャパンとなった。その後、日本国内において大阪や東北など複数のチャプターが設立されたことに伴い、EO Tokyo Centralに変更された。

アクセラレータープログラム

EO Japanは、売上が1億円を超えるビジネスへの成長を目指す起業家を支援するアクセラレータープログラムを提供している。このプログラムでは、経験シェアリング、メンターシップ、ネットワーキングの機会を通じて、参加者がビジネススキルを向上させることができる。

関連項目

外部リンク



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