リンドウ・マン
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リンドウ・マン(英: Lindow Man)は、古代ケルトのブリトン人の死蝋化した遺骸である。保存状態が良く1世紀頃に生きていたとされる[1]。
発見
1984年、イングランドのマンチェスターの南15 kmにあるリンドウ・モスの泥炭地でリンドウ・マンは発見された。 リンドウ・マンは植物の堆積層によって酸素が遮断されていたため保存状態が良く、皮膚だけでなく髪の毛や指の爪まで残っていた。 ただし、臍(へそ)から下は泥炭を切り出す機械のせいで損傷してしまっていた。 左腕に狐の毛皮のバンドを装着し、喉に紐が巻きつけられていたことを除けば、裸体であった。 骨と歯の分析から栄養状態が良く死亡した時はおそらく20代中頃だったと推定された。 指の爪を電子顕微鏡で調べるとマニキュアをしていることも判明しており、少なくとも下層階級の人間ではない[1]。
死因
リンドウ・マンは、遺体の状況から何者かに殺害されたとみられる。 臨床病理医のイアン・ウェスト(Ian West)による検死の結果、最初に細刃の斧で頭を2、3回殴られていることが分かり、その傷口が腫れていたので、その時点ではまだ生存していたとされた。 次に首に紐を巻きつけられ、背中でその紐を棒でねじられて首を絞められ、また眼孔に鋭い突起による刺突痕もみられた。死後に喉を切り裂かれ、沼地の水たまりに遺体が投げ捨てられたとされているが、死因にはいまだに疑問が残る。その理由は、別の専門家であるロバート・コノリー(Robert Conolly)が検証した結果と一致しないためである。ロバート・コノリー(Robert Conolly)の検証によると、死因は頭部への複数回の殴打とされており、首の筋繊維に損傷が見られなかったことから首に巻き付いていた紐は当時の装飾品であり、長期間にわたって湿地帯におかれていたために首の組織が腫れあがったことによると判断された。
殺された理由
理由は不明であるが、リンドウ・マンが自ら進んで生贄となって殺害された可能性がある。 最初に細刃の斧で殴られた際にリンドウ・マンが意識を失った可能性があることから犯人がリンドウ・マンの苦痛を和らげる配慮をした可能性がある。 さらに念入りな殺され方やリンドウ・マンの胃からヤドリギの花粉(ドルイドが儀式に使う)が数粒見つかったこと、リンドウ・マン以外の遺体も見つかっていることからリンドウ・モスの泥炭地が生贄を捧げる場所だった可能性が考えられている[1]。 その一方で、初期の研究ではリンドウ・マンの死亡時期が鉄器時代のものであるとされていたために生贄であると推定されていたが、その後の研究により死亡時期がローマ帝国時代以降のローマ・ブリトン文化期もしくは後期鉄器時代である可能性が非常に高いことが分かり、生贄の可能性以外にも司法執行や殺人などの可能性も否定しきれていない。
出典
- ^ a b c サイモン・ジェームズ 2000, pp. 164–166.
参考文献
- サイモン・ジェームズ『図説ケルト』井村君江(監訳)、吉岡晶子(訳)、渡辺充子(訳)、東京書籍、2000年6月。ISBN 4487794110。
- ロナルド・ハットン 論文「The Gods of Prehistoric Britain」 Gresham College、2022年9月21日。
関連項目
- Lindow Manのページへのリンク