細倉鉱山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/07 23:44 UTC 版)
細倉鉱山(ほそくらこうざん)は宮城県栗原市にあった、鉛、亜鉛、硫化鉄鉱を主に産出した鉱山である。最盛期は岐阜県の神岡鉱山に次ぐ規模の、日本を代表する鉛、亜鉛の鉱山であった。
注釈
- ^ 「齋藤努・高橋照彦・西川裕一 『近世銭貨に関する理化学的研究』 日本銀行金融研究所、2000年、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー」によれば、古寛永の中で仙台近辺で鋳造されたと考えられている称仙台銭の中に、細倉鉱山で産出される鉛の同位体比と一致するものが見られるため、1630年代から細倉鉱山で鉛の生産が始まっていたとする。
- ^ 植田(2005)によれば、鉛の精錬時に鉄を使用するのは、PbS + Fe→ Pb + FeS というように、鉛の鉱石である硫化物鉱石の方鉛鉱に鉄を加え、方鉛鉱内の硫黄を鉄に置換して鉛を精錬する方法であった。
- ^ 佐藤が著した「細倉鉱山史」(1964)では、馬車軌道の成立について異なった記述をしている。細倉鉱山史では鉱山で必要なレンガを運ぶために明治20年代に敷設された駒場-細倉間の軌道が馬車軌道の成立であり、その後1914年に駒場-沢辺間、1915年に沢辺-石越間が開通し、細倉-石越間が全通したとする。
出典
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- ^ 鶯沢町町史編纂委員会(1978)pp.1107-1108
- ^ 鶯沢町町史編纂委員会(1978)pp.1108-1109
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- ^ MGブックス(2007)pp.90-92
- ^ MGブックス(2007)pp.93-94
- ^ 渡部(1996)pp.56-58、細倉金属鉱業
- ^ 鶯沢町役場総務課(2005)p.5
- ^ 葉賀(1993)p.55、地域活性化のための「近代化産業遺産群33」の公表について(経済産業省)
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