玉屋惣助とは? わかりやすく解説

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玉屋惣助

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/21 02:48 UTC 版)

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玉屋 惣助(たまや そうすけ、生没年不詳)は江戸時代から明治時代にかけての地本問屋である。

来歴

玉惣と号す。江戸時代末期、幕末期に浅草坂本町弥吉店で地本問屋を営業している。歌川国芳歌川芳藤3代目歌川豊国豊原国周錦絵を出版している。

作品

  • 歌川芳藤 『甲州身延山図』 大判
  • 歌川芳藤 『からの子がよりかたまって人になる』 大判 弘化4年‐嘉永元年
  • 歌川国芳 『はんじもの』 大判 嘉永2年‐嘉永5年
  • 3代歌川豊国 『東海道 御油 赤坂間 縄手』 大判 見立絵 嘉永5年
  • 豊原国周 『金瓶楼遊戯』 大判3枚続 明治元年(1868年)

参考文献




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