摂取院 (半田市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/09 14:04 UTC 版)
摂取院 | |
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所在地 | 愛知県半田市前崎東町44 |
位置 | 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度座標: 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度 |
山号 | 光明山 |
宗派 | 西山浄土宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | 文明4年(1472年) |
札所等 | 四国直伝弘法24番 法然知多25番 |
文化財 | 摂取院のイブキ(県指定) |
法人番号 | 7180005011935 |
摂取院(せっしゅいん、攝取院)は、愛知県半田市前崎東町44にある西山浄土宗の寺院[1][2]。山号は光明山[1]。本尊は阿弥陀如来[1]。四国直伝弘法八十八ヶ所霊場第24番札所[1]。法然上人知多二十五霊場第25番札所(満願霊場)[3]。
歴史

中世・近世
文明4年(1472年)5月下旬、榊原安左衛門が十王堂を建立したとされる[2]。明応7年(1498年)11月、賀天和尚の代に本堂が建立されたが[2]、天台宗だった時代の名称は不明である[4]。本尊の阿弥陀如来像は恵心僧都の作と伝わる[2]。
当初は天台宗の寺院だったが、天明2年(1782年)3月に浄土宗に改宗し、常楽寺の末寺となった[2]。江戸末期に小田切春江によって編纂された地誌『知多土産』には摂取院のイブキも描かれている[1]。
近代・現代
1925年(大正14年)に四国直伝弘法八十八ヶ所霊場が開創されると、摂取院は第24番札所となった。
2011年(平成23年)には法然上人知多二十五霊場が開創され、摂取院は第25番札所(満願霊場)となった[5][6]。
上半田には龍台院、摂取院、順正寺の3寺が並んでいるが、摂取院はその中央にあるため中寺とも呼ばれている[1]。
境内
文化財

県指定天然記念物
現地情報
- 所在地
- 交通アクセス
脚注
外部リンク
- 攝取院 四国直伝弘法八十八ヶ所霊場
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