市勢村とは? わかりやすく解説

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市勢村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/05 13:30 UTC 版)

いちせそん
市勢村
廃止日 1940年12月12日
廃止理由 新設合併
逢束村市勢村伊勢崎村浦安村
現在の自治体 東伯郡琴浦町
廃止時点のデータ
日本
地方 中国地方山陰地方
都道府県 鳥取県
東伯郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,150
国勢調査、1940年)
隣接自治体 逢束村、伊勢崎村、下郷村八橋町
市勢村役場
所在地 鳥取県東伯郡市勢村
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市勢村(いちせそん[1][2])は、鳥取県東伯郡にあった。現在の東伯郡琴浦町の一部にあたる。

地理

加勢蛇川左岸の沖積扇状地に位置していた[2]

歴史

  • 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、八橋郡金市村、上伊勢村、下伊勢村が合併して村制施行し、市勢村が発足[1][2]。旧村名を継承した金市、上伊勢、下伊勢の3大字を編成[2]
  • 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により東伯郡に所属[2]
  • 1940年(昭和15年)12月12日、東伯郡逢束村、伊勢崎村と合併し浦安村を新設して廃止された[1][2]。合併後、浦安村大字金市・上伊勢・下伊勢となる[2]

地名の由来

合併旧村名の各一文字を組み合わせたもの[2]

産業

  • 農業

教育

  • 1874年(明治7年)上伊勢村に市瀬小学校開校[2]。1893年(明治26年)市瀬尋常小学校に改称[2]。1901年(明治34年)高等科を併置[2]。1902年(明治35年)裁縫専修学校を併置[2]。1936年(昭和11年)統合により廃校となり、逢束ほか2か村組合立尋常高等小学校教室となる[2]。(現琴浦町立浦安小学校

脚注

  1. ^ a b c 『市町村名変遷辞典』61頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』95-96頁。

参考文献

関連項目




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