一瀬一二
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/14 01:19 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動一瀬 一二(いちのせ いちじ、1881年(明治14年)11月25日[1] – 1935年(昭和10年)8月5日[2])は、衆議院議員(立憲政友会)、ジャーナリスト。
経歴
熊本県玉名郡小田村(現在の玉名市)に一瀬彦四郎の長男として生まれる[1]。明治大学に学ぶ。国民新聞社社長徳富蘇峰の門下にあり、後に独立して大日本新聞社を経営した[3]。
1930年(昭和5年)、第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第18回衆議院議員総選挙でも再選された。
脚注
参考文献
- 埼玉県人会編『埼玉県人名選』埼玉県人会、1938年。
- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
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