ルドルフ3世_(ブルグント王)とは? わかりやすく解説

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ルドルフ3世 (ブルグント王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/29 14:07 UTC 版)

ルドルフ3世
Rudolf III.
ブルグント王
在位 993年 - 1032年

出生 971年
死去 1032年9月6日
配偶者 アギルトルート
  エルメンガルト
家名 ヴェルフ家
父親 コンラート
母親 マティルド・ド・フランス
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ルドルフ3世(Rudolf III., 971年 - 1032年9月6日)は、最後のブルグント王(在位:993年 - 1032年)。怠惰王(der Faule)といわれる。ブルグント王コンラートと西フランク王ルイ4世の娘マティルドとの間の子で、ブルグント系古ヴェルフ家の最後の男系子孫である。

生涯

ルドルフの治世は動乱の時代であった。ルドルフは次第に強大化していった貴族を押さえることができず、また、ブルゴーニュ伯オット=ギヨーム側勢力や皇帝ハインリヒ2世による侵略に対処せねばならなかった。1016年、ハインリヒ2世はルドルフと交渉し、ルドルフの後継者となることに成功した[1]

ハインリヒ2世が死去した後、次のローマ王コンラート2世もまた、自らを後継者とするようルドルフと交渉した[2]。このことでハインリヒはルドルフ側の貴族であるブロワ伯ウード2世やブルゴーニュ伯ルノー1世と争うこととなった[2]

ルドルフは最初、アギルトルートと結婚、1016年頃、二度目にプロヴァンス伯ルボー2世の寡婦エルメンガルトと結婚した[3]。ルドルフは1032年に61歳で嗣子なく死去した。コンラート2世はブルグント王国の王位を主張し、王国を神聖ローマ帝国に併合した。

脚注

  1. ^ C.W. Previte-Orton, 16.
  2. ^ a b C.W. Previte-Orton, 27-28.
  3. ^ Europäische Stammtafeln: Stammtafeln zur Geschichte der Europäischen Staaten, Neue Folge, Band I, Tafel 57

参考文献

  • C.W. Previte-Orton, The Early History of the House of Savoy, Cambridge University Press, 1912.
  • H. M. Gwatkin, J. P. Whitney, et al. (ed) The Cambridge Medieval History: Volume III, Cambridge University Press, 1926.
  • Detlev Schwennicke, Europäische Stammtafeln: Stammtafeln zur Geschichte der Europäischen Staaten, Neue Folge, Band I, Marburg, Germany: Verlag von J. A. Stargardt, 1980
先代
コンラート
ブルグント王
993年 - 1032年
次代
(神聖ローマ帝国に併合)



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