ルイス=トルマンの非ニュートン力学
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ルイス=トルマンの非ニュートン力学(英: Lewis-Tolman's non-Newtonian mechanics)とは、アメリカの物理化学者のギルバート・ニュートン・ルイスとリチャード・トルマンによって構築された特殊相対性理論的な力学体系を言う。物体の質量はその速度に依らないというニュートン力学の公理を、質量を運動エネルギーとともに増加させる公理(相対論的質量)で置き換えた非ニュートン力学の体系である[1]。
特殊相対論的力学として理解されていることが多い。ただし、現代においてはこの理論の中で主張される相対論的質量(relativistic mass)の概念は、相対論を理解する上で混乱のもととなる上、特殊相対論の誤った解釈に結びつきかねないと疑問を抱かれることも多い[2][3]。
概要

19世紀末頃において、マックスウェル方程式は当時観測可能な電磁気現象をほとんど説明したが、その理論の前提として電場と磁場はエーテルなる絶対空間に固定された媒質を介して伝わるものであるとされていた[4]。つまりはマックスウェル方程式はエーテルに対して静止した座標系から観測される電磁気現象を記述する理論であった[5]。素朴な疑問としてエーテルに対して運動している座標系から観測される電磁気現象の理論とマックスウェル方程式との関係が探られた。ヘルツ、フィッツジェラルド、ローレンツ、ポアンカレなど[6]はいくつかの理論を提唱したが、運動する物体が実際に収縮する(ローレンツ)[7]などの現実には受け入れがたい理論であった。それらとはほぼ独立にアルベルト・アインシュタインは1905年に発表した論文[8](「運動している物体の電気力学について」)において、特殊相対性原理と光速不変の原理というものを導入することで運動座標系における電磁気現象を簡潔に静止座標系におけるマックスウェル方程式に帰着させる理論を提唱した。その理論が特殊相対性理論である。特殊相対性理論から他の慣性座標系よりも優位に立つ絶対座標系の存在(静止エーテルの存在)は電磁気学を考える限り不必要であるとアインシュタインは主張し、その理論的帰結として磁場は電場の相対論効果である[9][10]、つまり電気力の場と磁気力の場の区別は相対的なものである[11]こと(電場の理論と磁場の理論の統一[12])が示唆された。
この特殊相対性理論は、それまでの電磁気学の非対称性を解消するために提案された電磁気学の理論だったが、1907年にヘルマン・ミンコフスキーは(特殊)相対性原理は電磁気だけに限定されないと主張し、相対性の要請を踏まえた力学の書き換え(相対論的力学の定式化)を問題にした[13]。相対論的力学の試みはそれまでもアインシュタイン、マックス・プランクによっていくつか提案されていたが、相対性原理は電磁気学に限定されないと主張していた当のミンコフスキーの試みも含めて、それら相対論的力学の試みはあくまで電磁気学に基づいたものであった。そのため、電磁気学に依存しない相対論的力学の定式化が、ミンコフスキーの方針に従えば、求められた。
ルイスの非ニュートン力学

アインシュタインは上記の電磁場の相対性に関する理論の発表後、同年それを発展させ、"Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt"(「物体の慣性はそのエネルギーに依存するか?」[14])において、エネルギーの差と質量の差の間に成り立つ関係式
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カルテックでのリチャード・トルマンとアルベルト・アインシュタイン(1932年) 定義
- 質量(mass)
運動する物体の運動量を p、速度を v とするとき、運動する物体の質量 m を次のように定義し直す。
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要購読契約)
- ^ ファインマン 著、宮島 龍興(訳) 編『ファインマン物理学〈3〉電磁気学』岩波書店、1986年。 p.12(原書該当部分 magnetism is in reality a relativistic effect of electricity) ,
ほか遠藤雅守『電磁気学 初めて学ぶ電磁場理論』森北出版、2013年。- ^ たびたび、特殊相対性理論は物体が光速に近い速度ではないとその効果が観測されないと言われることがあるが、例えば電流の速度(電子のドリフト速度)は秒速1mm程度と光速からはかなり遅いが磁場として日常的に観測されている。
- ^ Minkowski 1908 p.87
- ^ アインシュタインは一般相対性理論においては重力と慣性力を統一(等価原理)し、さらに晩年は電磁力と重力の統一を目指した統一理論を研究していた。
- ^ Minkowski 1915 p.935
- ^ Einstein 1905
- ^ December 18, 1926: Gilbert Lewis coins “photon” in letter to Nature
- ^ Tolman Richard C (1912). “XXXIII. Non-Newtonian mechanics, the mass of a moving body”. The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science (Taylor & Francis) 23 (135): 375-380. doi:10.1080/14786440308637231 .
- ^ (1917 & C. Tolman)
関連項目
参考文献
- 物理学史研究刊行会編 編『相対論』 4巻、東海大学出版会〈物理学古典論文叢書〉、1969年。
- Einstein, Albert (1905), 上川 友好(訳), ed., 物体の慣性はそのエネルギーに依存するか?
- (原典)Einstein, Albert. “Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt abhängig? [AdP 18, 639 (1905)]”. Annalen der Physik 14 (S1): 225-228. doi:10.1002/andp.200590007 . (
要購読契約)
- (原典)Einstein, Albert. “Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt abhängig? [AdP 18, 639 (1905)]”. Annalen der Physik 14 (S1): 225-228. doi:10.1002/andp.200590007 . (
- Minkowski, Hermann (1915), 上川 友好(訳), ed., 相対性原理(発表は1907年)
- Minkowski, Hermann (1908), 上川 友好(訳), ed., 空間と時間
- N. Lewis, Gilbert (1908), 上川 友好(訳), ed., 物質とエネルギーに関する基本法則の一修正
- N. Lewis, Gilbert; C. Tolman, Richard (1909), 上川 友好(訳), ed., 相対性原理と非Newton力学
- Einstein, Albert (1905), 上川 友好(訳), ed., 物体の慣性はそのエネルギーに依存するか?
- C. Tolman, Richard (1917). The Theory of the Relativity of Motion. University of California Press
- ^ ファインマン 著、宮島 龍興(訳) 編『ファインマン物理学〈3〉電磁気学』岩波書店、1986年。 p.12(原書該当部分 magnetism is in reality a relativistic effect of electricity) ,
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