メアリー・ンジミロとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > メアリー・ンジミロの意味・解説 

メアリー・ンジミロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/28 09:31 UTC 版)

メアリー・ンジミロ
生誕 Mary Nwametu Onumonu
(1898-10-16) 1898年10月16日
英領ナイジェリア英語版 イモ州オグタ
死没 1993年1月16日(1993-01-16)(94歳)
ナイジェリア イモ州オグタ
出身校 Sacred Heart School, Oguta
Convent School, Asaba
職業 女性実業家
政治家
女性活動家
著名な実績 1950年代初期の西アフリカでもっとも裕福な個人
政党 NCNC英語版
配偶者 Richard Okwosha Nzimiro
子供 プリシラ・ンジミロ英語版
Ruth Onumonu(母)
Onumonu Uzoaru(父)

メアリー・ンジミロMary Nzimiro、出生名:Mary Nwametu Onumonu、1898年 - 1993年、MBE)は、ナイジェリア女性実業家および政治家女性活動家の先駆け。ンジミロは自身がポートハーコートおよびアバオウェリに所有する繊維製品と化粧品の小売業を維持していた1948年にナイジェリア東部の合同アフリカ会社英語版(UAC)の主要代表に任命された。1950年代初頭には西アフリカでもっとも裕福な個人の一人となり、ポートハーコートの高級住宅街バーナード・カー通りに居住するようになった。政治的な面では、ンジミロは影響力のあるNCNC英語版のメンバーだった[1][2][3]

生い立ち

1898年10月16日にイモ州のオグタで生まれたメアリー・ナワメトゥ・オヌモヌは、植民地の状況下で権利を認められたイボ族の首長であるオヌモヌ・ウゾアルと、成功したヤシ製品の商人であるルースの娘だった。6人兄弟の長女で、オグタの聖心学校に通い、その後アサバの修道院学校に進学し、1920年に卒業した。その後間もなく、UACの書記として働いていたリチャード・ンジミロと結婚した[1][2]

職歴

母親によってビジネスの世界に導かれた彼女は、夫の仕事でイラ英語版に移った際に、塩やヤシ油を扱い、ンコウォやエケ市場で販売した。その後、オニチャオポボ英語版に転居し、最終的に1940年代半ばにポートハーコートに定住した[2]。夫はデスクワークを辞めてメアリー・ンジミロのビジネスを手伝だった。商業が発展した都市で、ンジミロはテキスタイル、火薬、化粧品などを取引することができた。ビジネスセンスと高い信頼性の評判からUACの代理人となり、1948年には同社のナイジェリア東部地域の主要代表者となった。この立場でナイジェリア、ガーナ、シエラレオネの卸売業者や小売業者に大量の商品を販売した。また、ポートハーコートや周辺都市に自らのテキスタイルや化粧品の小売店を開設した[1]

UACの取締役たちは、ンジミロがロンドン、マンチェスター、グラスゴーへ数回の出張旅行をするよう手配した。さらに、ンジミロはポートハーコートアジップと、ラゴスTOTALと提携したガソリンスタンドを開業したメアリー・ンジミロは、バーナード・カー通りに自宅を持つなど、ポートハーコートで数多くの不動産資産を持ち、西アフリカで最も裕福な人物の1人となった[4]。ンジミロは奨学金を提供し、多くの女性見習いたちが自分自身のビジネスを始められるよう支援した。ンジミロと夫は、1945年にオグタに学校を開校し、のちに娘であるプリシラ・ンジミロ英語版グラスゴー大学の医学科を卒業した直後に亡くなったことを悼んで、プリシラ記念文法学校と改名した。夫が1959年に亡くなった後、1966年には、ンジミロ記念女子中学校を設立した[1]

政治的な面では、ンジミロは影響力のあるNCNC英語版のメンバーであり、1957年に執行委員に、1962年にはNCNC東部女性協会の副会長となった。1967年から1970年にかけてのナイジェリア内戦のあいだ、ビアフラ人を支援するイボ人女性を組織化した。その結果、ポートハーコートに所有した財産のほとんどを失い、故郷のオグタにもどって1993年に死去した[1]

脚注

  1. ^ a b c d e Akyeampong, Emmanuel Kwaku; Gates, Henry Louis; Niven, Mr. Steven J. (2012). Dictionary of African Biography. OUP USA. pp. 525–. ISBN 978-0-19-538207-5. https://books.google.com/books?id=39JMAgAAQBAJ&pg=RA3-PA526 
  2. ^ a b c Nzimiro, Mary (1898–1993)”. Encyclopedia.com. 2020年2月29日閲覧。
  3. ^ The History Of Mary Nzimiro, Who Left Unforgettable Business Marks In Southeastern Part of Nigeria”. Women Africa (2019年10月1日). 2020年2月29日閲覧。
  4. ^ Meet first Igbo female millionaire”. The Neighbourhood. 2019年4月9日閲覧。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  メアリー・ンジミロのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

メアリー・ンジミロのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



メアリー・ンジミロのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのメアリー・ンジミロ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS