フィル・ゴフとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > フィル・ゴフの意味・解説 

フィル・ゴフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/14 08:39 UTC 版)

フィル・ゴフ
Phil Goff
生年月日 (1953-06-22) 1953年6月22日(71歳)
出生地 ニュージーランドオークランド
所属政党 ニュージーランド労働党

在任期間 2008年 - 2011年
テンプレートを表示

フィル・ゴフPhil Goff、本名:Philip Bruce Goff1953年6月22日 - )は、ニュージーランド政治家オークランド市長(第2代)。元ニュージーランド労働党党首(第12代)。

来歴

オークランド出身。パパトェトェ高校卒業。家庭が貧しかったため、16歳で実家を離れ、冷凍倉庫会社での季節労働や掃除夫をしながら大学へ進学する。1973年にオークランド大学バターワース賞(法学)を獲得し、上席研究員として政治学を教える。1975年から1979年までオークランド大学講師。1979年にオークランド大学政治学修士号を取得。1980年から1981年までの2年間、保険労働者協会の組合員として労働組合の仕事に従事する。

政治活動

1969年、16歳の時にニュージーランド労働党に入党した。党内の仕事に従事し、1981年の議会総選挙にロスキル地区より出馬し初当選を果たす。1984年の総選挙で労働党は政権を奪還し、ゴフは住宅大臣・雇用大臣として初入閣する。1987年の総選挙後は青少年問題担当大臣 兼 観光大臣に就任し、その後、教育大臣に就任する。

1990年の総選挙ではロジャーノミクスの失態により労働党は大敗し、ゴフ自身も議席を失う。1991年から1993年までオークランド工科校(現在のオークランド工科大学)に職位を得て上席講師に就任。1992年、英国連邦奨学生としてオックスフォード大学ナフィールドカレッジ留学中に総選挙に再出馬する意向を持つ。

1993年の総選挙で政界へ復帰する。ヘレン・クラークが労働党新党首に就任、ゴフを法務報道官に起用する。この頃より党内反主流派と行動を共にし、1996年にはクラークの党首辞任を要求する。クラークは党首に留まり、側近たちはゴフの更迭を要求するも、クラークはゴフの更迭を見送る。1996年の総選挙ではニューリン地区より出馬し当選するも、比例名簿入りは見送られた。

1999年の総選挙で労働党は政権を奪還し、ゴフはマウント・ロスキル地区(選挙区名変更)から出馬し再選を果たす。クラークはゴフを外交貿易大臣 兼 法務大臣に起用する。2002年より環太平洋問題担当大臣を兼務する。2005年にウインストン・ピータースが外務大臣に就任したため、国防大臣 兼 貿易大臣 兼 軍縮管理担当大臣 兼 貿易交渉担当副大臣に就任する。

労働党党首

2008年の総選挙で労働党は野党に転落し、クラークは党首を辞任する。労働党議員総会を経て、2008年11月11日に第12代党首に就任する。しかし国民的な人気を博するジョン・キー国民党党首を前に劣勢な状況は続き、2011年の総選挙で労働党は9議席を失う。同年11月29日の労働党議員総会を経て、同年12月13日付けで労働党党首を辞任すると発表した。党首辞任後は労働党防衛担当報道官 兼 貿易担当報道官 兼 民族問題担当報道官 兼 退役軍人担当報道官 兼 外交問題担当副報道官に就任した。

オークランド市長

2010年11月の行政区画再編後、初代オークランド市長を務めたレン・ブラウンが2期目の任期満了後に退任を発表。ゴフは2015年11月に翌2016年10月に投開票されるオークランド市長選挙へ出馬する意向を正式発表した。2016年10月8日の同選挙では圧倒的な知名度で圧勝し、第2代オークランド市長に当選した。

先代
ヘレン・クラーク
ニュージーランド労働党党首
2008年11月11日 - 2011年12月13日
次代
デビッド・シアラー



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フィル・ゴフ」の関連用語

フィル・ゴフのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フィル・ゴフのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフィル・ゴフ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS