デイヴィッド・レズリー_(第6代リーヴェン伯爵)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > デイヴィッド・レズリー_(第6代リーヴェン伯爵)の意味・解説 

デイヴィッド・レズリー (第6代リーヴェン伯爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/03 05:14 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
デイヴィッド・マーティン英語版による肖像画、1782年作。

第6代リーヴェン伯爵[注釈 1]および第5代メルヴィル伯爵デイヴィッド・レズリー英語: David Leslie, 6th Earl of Leven, 5th Earl of Melville1722年3月4日[3]/5月4日[1]1802年6月9日)は、スコットランドの貴族、フリーメイソン。1729年から1754年までバルゴニー卿儀礼称号を使用した[3]

生涯

第5代リーヴェン伯爵および第4代メルヴィル伯爵アレクサンダー・レズリーと1人目の妻メアリー・アースキン(Mary Erskine、1723年7月12日没、ジョン・アースキンの娘)の息子として、1722年に生まれた[3]エディンバラ大学で学んだ後、1740年から1742年までフローニンゲン大学で教育を受けた[3]

1742年にエンサイン英語版としてイギリス陸軍に入隊、1744年には歩兵連隊の大尉になった[3]

1754年9月2日に父が死去すると、リーヴェン伯爵とメルヴィル伯爵の爵位を継承した[3]

フリーメイソンの一員として、1759年から1761年までスコットランド・グランドロッジのグランドマスター英語版を務めた[3]

スコットランド銀行副総裁を務めたほか、1773年から1782年までスコットランド警察卿(Lord of Police)の1人を、1778年にスコットランド・キリスト教知識普及協会英語版会長を、1783年から1801年までスコットランド教会総会への勅使英語版を務めた[3]

1802年6月9日に病死、バルゴニー英語版で埋葬された[3]。息子アレクサンダーが爵位を継承した[3]

家族

1747年7月29日、ウィルヘルミナ・ニスベット(Wilhelmina Nisbet、1724年 – 1798年5月10日、ウィリアム・ニスベットの娘)と結婚[3]、5男3女をもうけた[1]

  • アレクサンダー(1749年 – 1820年) - 第7代リーヴェン伯爵、第6代メルヴィル伯爵
  • ウィリアム英語版(1751年 – 1777年) - 陸軍軍人。プリンストンの戦いで戦死
  • ジェーン(1829年10月28日没) - 1775年11月9日、第4代準男爵サー・ジョン・ベルシェス英語版と結婚、子供あり
  • デイヴィッド(1838年10月21日没) - 1787年1月16日、レベッカ・ギリーズ(Rebecca Gillies、ジョン・ギリーズの娘)と結婚
  • ジョン(1759年11月20日 – 1824年) - 1816年9月13日、ジェーン・カミング(Jane Cuming)と結婚
  • ジョージ(1766年4月21日 – 1812年3月8日) - 1802年11月27日、ヤコミナ・ヘルトロイダ・ファン・デ・グラーフ(Jacomina Gertruida van de Graaffウィレム・ヤコブ・ファン・デ・グラーフ英語版の娘)と結婚、子供あり
  • メアリー・エリザベス(1820年10月7日没) - 1776年11月、第6代フリーランドのルーヴェン卿ジェームズ・ルーヴェンと結婚、子供あり
  • シャーロット(1830年没)

注釈

  1. ^ 文献によっては第2代リーヴェン伯爵アレクサンダー・レズリーの娘マーガレットとキャサリンも含めて代数を数えており(例:クラクロフト貴族名鑑[1])、その場合は本記事の人物が「第8代リーヴェン伯爵」になる。ここではブリタニカ百科事典第11版[2]などと同じく、マーガレットとキャサリンを含まない代数を採用している。

出典

  1. ^ a b c "Leven, Earl of (S, 1641)". Cracroft's Peerage (in English). 30 January 2018. Retrieved 3 November 2019.
  2. ^  Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Leven and Melville, Earls of" . Encyclopædia Britannica (in English). 16 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 508.
  3. ^ a b c d e f g h i j k Cokayne, George Edward; Doubleday, Herbert Arthur; Howard de Walden, Thomas, eds. (1929). The Complete Peerage, or a history of the House of lords and all its members from the earliest times, volume VII: Husee to Lincolnshire. 7 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press. pp. 621–622.
公職
先代:
ダルハウジー伯爵英語版
スコットランド教会総会への勅使英語版
1783年 – 1801年
次代:
ネイピア卿
フリーメイソン
先代:
ギャロウェイ伯爵
スコットランド・グランドロッジ
グランドマスター英語版

1759年 – 1761年
次代:
エルギン伯爵
スコットランドの爵位
先代:
アレクサンダー・レズリー
リーヴェン伯爵
1754年 – 1802年
次代:
アレクサンダー・レズリー=メルヴィル
メルヴィル伯爵
1754年 – 1802年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「デイヴィッド・レズリー_(第6代リーヴェン伯爵)」の関連用語

デイヴィッド・レズリー_(第6代リーヴェン伯爵)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



デイヴィッド・レズリー_(第6代リーヴェン伯爵)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのデイヴィッド・レズリー (第6代リーヴェン伯爵) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS