タクアリ (砲艦・2代)とは? わかりやすく解説

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タクアリ (砲艦・2代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/11 16:45 UTC 版)

タクアリ (Tacuarí) はパラグアイ海軍砲艦[1]。元の艦名は「Adolfo Riquelme」。

要目

  • 排水量:軽荷260トン、常備310トン、砲艦時の最大360トン、輸送艦時の最大400トン
  • 長さ:垂線間長39.38m、全長41.00m
  • 幅:7.32m(最大7.63m)
  • 吃水:軽荷1.5m、常備1.68m、砲艦時の最大1.83m、輸送艦時の最大2.40m[2]
  • 主機主缶:建造時は複式機関2基(250指示馬力)、ヤーロー式ボイラー2基、2軸推進、輸送艦時はディーゼル機関2基(375rpmで各136kW)、2軸推進
  • 速力:10ノット、最大13ノット
  • 兵装:1926年時点ではヴィッカース76mm砲2門、ホチキス57mm砲2門、マキシム37mm2ポンド砲2門、1929年時点ではヴィッカース76mm砲2門、アームストロング63.5mm(2と1/2インチ)砲2門、マキシム37mm2ポンド砲2門、1932年から1935年はヴィッカース76mm砲2門、マキシム37mm2ポンド砲2門、機銃2挺。輸送艦時は兵装無し。
  • 乗員:74名(1915年)、55名(1926年)

出典[3]

艦歴

元は1907年にアイルランドのT. & J. Hosking社で建造されたヨット「Clover」で、1911年初めに取得され、同年12月に「Adolfo Riquelme」としてパラグアイ海軍に編入された[4]

内戦

1922年から1923年の内戦では「Adolfo Riquelme」はLoyalist側となる[4]。1922年6月の第3週と7月の第1週にエンカルナシオンの反乱軍陣地を砲撃したが、後者の際にエンカルナシオン近くのPacu-Cuáにあったクルップ75mm砲1門とマキシム37mm砲1門を有する砲台からの攻撃で損傷し、撤退した[5]。7月31日、1機のSVA.10による機銃掃射と爆撃を受けたが、被害はわずかであった[6]。8月1日には1機のSVA.5が投下した2発の爆弾が「Adolfo Riquelme」から30mの場所で爆発し、若干の被害を受けた[6]。9月2日、再び反乱軍陣地を砲撃し、敵を撤退させた[7]。9月5日、反乱軍のボートが即席の魚雷で「Adolfo Riquelme」を攻撃しようとしたが、哨戒艇「Coronel Martinez」によって沈められた[8]

その後「Adolfo Riquelme」はアスンシオンで兵員100名を乗せ、また火器を積んで9月10日に兵員を乗せた艀を曳航する曳船「Castelli」とともに出航し、エンカルナシオン近くのIsla de Medioへ上陸させたが、同地は既に放棄されていたため9月16日にIsla del Paranaへ改めて上陸させた[7]。10月7日、1機のSVA.5による爆撃を受け、若干の被害を被った[9]

1930年7月30日、「タクアリ」と改名[7]

チャコ戦争

1932年、チャコ戦争が勃発。8月5日に「タクアリ」は艀「Irene」、「Bahia Negra」とともに砲兵の輸送任務に就いて北へ向かい、8月13日にアスンシオンに戻った[7]。12月22日、「タクアリ」はBahía Negraでボリビア軍のビッカース ヴェスパ3機、ないし2機のビッカース149型ヴェスパIIIと1機のVickers Type 143 Bolivian Scoutの攻撃を受けた[10]。「タクアリ」は37mm砲で1基に命中弾を与え、同機は不時着した[7]。12月24日にも攻撃を受け、機銃掃射で負傷者が出た[7]。その後は「タクアリ」は輸送任務に就いている[11]

その後

「タクアリ」はホセ・フェリクス・エスティガリビア・インサウラルデ大統領のヨットに改装されることになったが、エスティガリビアが1940年に死亡したことで取りやめとなった[11]。1944年から1945年にかけて「タクアリ」は機関や上構の大半が撤去されて貨物艀にされた[11]。1949年にパラナ川上流とブエノス・アイレスの間で運行可能な輸送艦への改装が決定されるが、ディーゼル機関が購入されたのは1952年、発電機や補機が購入されたのは1966年で、「タクアリ」は1952年から1966年まで船台上にあった[11]。無動力の艀に1980年に改装されたようである[11]。艀時の全長は39.50m、幅は7.65m、吃水は1.5mで、貨物搭載量は200トンであった[12]。2009年2月24日付で競売に出された[12]

脚注

  1. ^ "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 48
  2. ^ 出典では「240m」となっているが、小数点が脱落しているのは明白
  3. ^ "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", pp. 48-49
  4. ^ a b "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 49
  5. ^ "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", pp. 49-50, Aerial Operations in the Revolutions of 1922 and 1947 in Paraguay, p. 7
  6. ^ a b Aerial Operations in the Revolutions of 1922 and 1947 in Paraguay, p. 8
  7. ^ a b c d e f "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 50
  8. ^ "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 57
  9. ^ Aerial Operations in the Revolutions of 1922 and 1947 in Paraguay, p. 11
  10. ^ "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 50, The Chaco Air War 1932-35, p. 32
  11. ^ a b c d e "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 51
  12. ^ a b "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", p. 78

参考文献

  • Hartmut Ehlers, "The Paraguayan Navy: Past and Present Part IV", Warship International, 2009, Vol. 46, No. 1 (2009), pp. 46-82
  • Antonio Luis Sapienza, Aerial Operations in the Revolutions of 1922 and 1947 in Paraguay: The First Dogfights in South America, Helion & Company, 2018
  • Antonio Sapienza, The Chaco Air War 1932-35: The First Modern Air War in Latin America, Helion & Company, 2018



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