ソウル・サーカスとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ソウル・サーカスの意味・解説 

ソウル・サーカス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/18 14:18 UTC 版)

ソウル・サーカス
Soul SirkUS
出身地 アメリカ合衆国
ジャンル ハードロック
活動期間 2003年 - 2005年
旧メンバー ジェフ・スコット・ソート
ニール・ショーン
マルコ・メンドーサ
ディーン・カストロノヴォ
ヴァージル・ドナティ

ソウル・サーカスSoul SirkUS)は、当初、シンガーのジェフ・スコット・ソート、ギタリストのニール・ショーン、ベーシストのマルコ・メンドーサ、ドラマーのディーン・カストロノヴォで構成されていたバンド。カストロノヴォは、後にヴァージル・ドナティに交代した。

略歴

サミー・ヘイガーとのプラネット・アス(Planet Us)というプロジェクトが失敗し、アルバムが制作されなかった後、ニール・ショーンは、自分が書いた曲を現実のものにしようと決意した。ショーンによると、「計画があって、事前作業をたくさん行っていたので、私は腹を立てました。30曲以上、たくさんの曲を書き、たくさんの作業とエネルギーを注ぎ込んでいました。……数日後、私は冷静になり、再び気持ちを切り替えて正気を取り戻し、別のメンバーとパズルのピースを再び組み合わせました」[1]。(ソウル・サーカスの結成に至る経緯については、Planet Usの記事を参照)。

ショーンは、主にAORに重点を置いたウェブサイト「MelodicRock.com[2]で、タリスマンでのジェフ・スコット・ソートの経歴が詳しく紹介されていたため、その評判を耳にしていた。ロサンゼルスで行われた2004年のNAMMショーで、ショーンはソートと会い、ジャム・セッションで様子をうかがった。「ジェフがドラマーとベーシストを連れてきて、リハーサルする時間がなかったにもかかわらず、ちょっとしたセットをスケッチしたんだ。レッド・ツェッペリンジャーニーの曲を演奏し、スティーヴィー・ワンダーブルースも演奏した。45分のセットを演奏したところ、観客は大盛り上がりで、とても気に入ってくれた。すぐに、僕たちは相性が良くて、うまくいくとわかったんだ」[1]

ロサンゼルス滞在中、ショーンはマルコ・メンドーサホワイトスネイクでの活動で知られる)のショーケースにも参加し、彼の才能に感銘を受けた。ソート、メンドーサ、そしてジャーニーのドラマー、ディーン・カストロノヴォを招き、新しいバンドはリハーサルを開始し、最終的にデビュー・アルバム『ワールド・プレイ』の11曲を録音した。アルバムの基盤となるトラックはすべてプラネット・アスのために書かれたものだが、ソウル・サーカスのデビューに使われたのは、このバンドの完成した曲のうち1曲だけだった。その曲は「Peephole」で、プラネット・アス版では元々「Peeping Through a Hole」というタイトルとなっていた。アルバムの残りの曲はソートが発展させたもので、ショーンの長いインストゥルメンタル曲を「切り刻んで」自分のボーカルを加えた曲にした[3]

2005年初頭、アルバムが完成(ただし、ソウル・サーカスのウェブサイトからオンラインでのみ入手可能)したものの、カストロノヴォが極度の疲労で体調を崩したため、バンドは最初のツアーを延期せざるを得なかった。その後すぐに、カストロノヴォはドクター・ストップでソウル・サーカスを脱退し[4]、オーストラリアのドラマー、ヴァージル・ドナティが代わりに参加した。ショーンはドナティのユニークなスタイルを生かすことを決め、ドナティのドラム・トラックでアルバム『ワールド・プレイ』をリミックスし、5曲の新曲を追加した。その後、更新されたラインナップは、短期間ではあったが好評を博したアメリカとヨーロッパでのツアーへと乗り出した。

リミックスされたアルバム『ワールド・プレイ』は、ヨーロッパを拠点とするフロンティアーズ・レコード・レーベルから新しいアートワークで再リリースされた。サンフランシスコの有名なフィルモア劇場で行われたライブ・コンサートは、バンドがまだリリースしていないDVD用に録画されたが、今後もリリースされない可能性もある[5]。2005年のツアー終了後、メンバーのさまざまな他の関わりのため、バンドは再結成されていない。

2006年の夏、ソートはスティーヴ・オージェリーに代わってジャーニーの「臨時」リード・ボーカルに選ばれた。

歴史的に、ニール・ショーンとディーン・カストロノヴォはジャーニー、バッド・イングリッシュ、ハードライン、そしてポール・ロジャースのバック・バンドでも一緒に演奏してきた。カストロノヴォはショーンのアルバム『レイト・ナイト』の曲「Smoke of the Revolution」でも演奏した。2014年、カストロノヴォとメンドーサはショーンのソロ・アルバム『ソー・ユー』に再び参加した。

2019年、ショーン、カストロノヴォ、メンドーサは、ニール・ショーンズ・ジャーニー・スルー・タイムで一緒にツアーを行ったが、このツアーには元ジャーニーのキーボード奏者グレッグ・ローリーも参加していた。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • World Play (2004年、Soul Sirkus) ※ドラムをディーン・カストロノヴォが担当。11曲収録
  • 『ワールド・プレイ』 - World Play (2005年、Frontiers) ※ドラムをヴァージル・ドナティが担当。18曲収録。日本盤はボーナストラック1曲追加

脚注

  1. ^ a b Neal Schon '05 interview discusses birth of Soul SirkUS Archived 2006-08-18 at the Wayback Machine.
  2. ^ Jeff Scott Soto '05 interview describes how Neal Schon discovered him
  3. ^ SoulSirkUS interview with Schon & Soto from Feb. 2005
  4. ^ Melodicrock.com 2005 Interview with Deen Castronovo
  5. ^ Schon interview discussing future of Soul Sirkus

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  ソウル・サーカスのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ソウル・サーカス」の関連用語

ソウル・サーカスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ソウル・サーカスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのソウル・サーカス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS