ジェームズ・ハリソン (献血者)とは? わかりやすく解説

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ジェームズ・ハリソン (献血者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/09 13:58 UTC 版)

ジェームズ・ハリソン

OAM
生誕 (1936-12-27) 1936年12月27日
オーストラリア ニューサウスウェールズ州ジューニー英語版
死没 2025年2月17日(2025-02-17)(88歳没)
オーストラリア ニューサウスウェールズ州ユーミナビーチ地区英語版
配偶者
バーバラ・リンドベック
(結婚 1949年、死別 2005年)
子供 1
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ジェームズ・クリストファー・ハリソン OAM (James Harrison、1936年12月27日 - 2025年2月17日) はオーストラリア出身の献血者。彼の血漿Rh血液型不適合疾患英語版に対しての治療に有効な抗体が含まれていたため、18歳から81歳までの間1,173回もの献血を行った。

生い立ち

1936年12月27日にニューサウスウェールズ州、ジューニーに生まれる[1][2]

1951年、14歳の時に大量の輸血が必要な胸部の大手術を受けた。その経験から、先端恐怖症であるにもかかわらず[3]献血ができる18歳になれば自らも献血を行い、輸血の恩返しをすることを誓った[3][4]

献血

ハリソンは1954年に初めての献血を行った[5]。何度かの献血を行ううちに、彼の血液にはRh因子に対する異常に強く、持続性のある抗体が含まれていることが発見された。高レベルの抗D抗体を含む血液は、新生児溶血病(HDN)を予防するために使用される治療薬・抗Dヒト免疫グロブリン製剤の製造に利用される。この治療薬は、妊娠中および出産後に、RhD陰性の母親が、RhD陽性の胎児を妊娠している場合に投与され、母親がRhD陽性の新生児の血液に対する抗体を作らないように防ぐ作用がある。このRh因子に対する抗体が作られると、胎盤を通して胎児の血液に入り、胎児の赤血球を破壊し新生児溶血病を引き起こす。これが一般的な新生児溶血病の原因でもある[6][5][7][8]

ハリソンは、1969年に始まったニューサウスウェールズ州のRhプログラムの血液ドナーの一人であり、それ以降継続的に献血を行ってきた。全血輸血とは異なり、血漿を提供するための成分輸血は2週間に1回の頻度で行うことができるため、2011年5月に1,000回目の献血を達成した。57年間に平均で3週間に1回の献血を行っていたこととなる。この記録について、「私はこの記録が破られることを願っていると言えるでしょう。なぜなら、この記録が破られるということは、1,000回の血液提供を達成したことになるからです。」と語った[5]。2018年5月11日、81歳以上のドナーからの献血を禁止するオーストラリアの指針に従い、最後の献血を行った。64年間で1,173回目の献血を行った[9]

ニューサウスウェールズ州のRhプログラムの血液ドナーたちは、献血を通じて何百万回分の抗D抗体を提供し、何千人もの死や死産を防ぎ、さらに多くの新生児溶血病によって引き起こされる病気や障害を防いだ。ハリソンの生涯にわたる献血は、240万回分の製剤に相当する。また、ニューサウスウェールズ州で製造されたすべての抗D製剤に貢献した[6]。1999年6月7日、彼はオーストラリア勲章(OAM)を授与されている[10]

2007年、アメリカとの自由貿易協定に関する見直しから生まれたオーストラリアの血漿提供を外国企業に開放する計画にハリソンは批判的であった。彼は、国外提供を開放するとボランティアによる献血が減少するだろうと考えていた[11]。2011年には、オーストラリア・オブ・ザ・イヤー賞のニューサウスウェールズ州ローカルヒーロー部門にノミネートされた[1]

日常生活と妻との死別

ハリソンは、故郷のジュニー出身で同じく血液提供者であったバーバラ・リンドベックと結婚していたが、バーバラは2005年に死去した[12]。夫妻は故郷から約500km(310マイル)離れたニューサウスウェールズ州のウマイナビーチに住んでいた。彼らには娘のトレイシーがいて、トレイシーを通じてジャレッドとスコットという2人の孫が生まれた。ハリソンの献血を含む製剤は、トレイシーがスコットを妊娠していた時、またジャレッドの妻であるレベッカが妊娠していた時にも使用された。ジャレッドは「祖父の身体の一部が母親に入ったことで、僕に兄弟をあたえてくれた。そして僕の子供たちや曾孫たちも守ってくれた。大変素晴らしいことだ。」と語っている[13]

2025年2月17日、ハリソンはニューサウスウェールズ州ウマイナビーチのペニンシュラ・ビレッジズ特別養護老人ホームで老衰した。享年88歳であった[13][14][15][16]

注釈・出典

  1. ^ a b James Harrison OAM”. australianoftheyear.org.au. 11 June 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。11 June 2014閲覧。
  2. ^ Newman, Yasmin (2012). "Bloodlines". Red Flag. No. 6. 2023年9月10日閲覧
  3. ^ a b James Harrison: Australian Man With Special Blood Type Saves 2 Million Babies”. The Huffington Post (24 March 2010). 27 March 2010時点のオリジナルよりアーカイブ2 April 2010閲覧。
  4. ^ James's generosity put him in the Guinness Book of World Records”. The Senior (5 May 2018). 20 February 2025時点のオリジナルよりアーカイブ11 September 2023閲覧。
  5. ^ a b c 'Saving Lives'”. YouTube. TEN News (26 May 2011). 15 December 2021時点のオリジナルよりアーカイブ12 January 2013閲覧。
  6. ^ a b Australia's pioneering Rh Program turns 50”. transfusion.com.au. Australian Red Cross Lifeblood. 19 June 2023時点のオリジナルよりアーカイブ3 January 2024閲覧。
  7. ^ James Harrison: Australian whose blood saved 2.4 million babies dies” (英語). bbc.com. BBC (3 March 2025). 4 March 2025時点のオリジナルよりアーカイブ4 March 2025閲覧。
  8. ^ 新生児溶血性疾患」MSDマニュアル家庭版
  9. ^ Criss, Doug (11 May 2018). “He donated blood every week for 60 years and saved the lives of 2.4 million babies”. CNN. オリジナルの28 April 2021時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210428172325/https://www.cnn.com/2018/05/11/health/james-harrison-blood-donor-retires-trnd/index.html 11 May 2018閲覧。 
  10. ^ It's An Honour: James Christopher Harrison”. honours.pmc.gov.au. Department of the Prime Minister and Cabinet, Australian Government. 13 May 2018時点のオリジナルよりアーカイブ10 October 2021閲覧。
  11. ^ Stevens (14 May 2018). “'Man With the Golden Arm' Saved Millions of Australian Babies With His Blood”. The New York Times. 8 June 2020時点のオリジナルよりアーカイブ8 June 2020閲覧。
  12. ^ Lindbeck (5 May 2018). “James's generosity put him in the Guinness Book of World Records”. Canberra Times. 3 March 2025閲覧。
  13. ^ a b Aubusson (2 March 2025). “The man who saved 2.4 million babies, and the lab replicating his remarkable blood”. The Sydney Morning Herald. 2 March 2025時点のオリジナルよりアーカイブ2 March 2025閲覧。
  14. ^ Muzaffar (3 March 2025). “Man whose plasma helped save lives of millions of babies has died”. The Independent. 3 March 2025閲覧。
  15. ^ Glover (3 March 2025). “James Harrison OAM, the 'Man with the Golden Arm' who saved 2.4 million babies, dies aged 88”. 9News. 3 March 2025閲覧。
  16. ^ Feiam (3 March 2025). “'Man with the Golden Arm': Country's most prolific blood donor dies aged 88”. news.com.au. 3 March 2025閲覧。



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