アルフレート・ヴェーバー
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アルフレート・ヴェーバー (Alfred Weber、1868年7月30日 - 1958年5月2日)は、ドイツの社会学者、経済学者。日本では慣習的にアルフレッド・ウェーバーのように英語風にも読まれる。マックス・ヴェーバーの弟。
経歴
エアフルトに生まれる。兄のマックス・ヴェーバーと同様に、アルフレート・ヴェーバーも経済学を修め、1909年に経済学の位置論への重要な貢献を行った。その後、当時まだ新しい学問だった社会学の研究に邁進、文化社会学を確立した。1904年より1907年にかけてプラハ大学の教授職、後ハイデルベルク大学に就任した。
ナチス期中(1933年 - 1945年)には退職に追い込まれ、戦後に再度ハイデルベルク大学に復帰。1954年のドイツ連邦大統領選挙の際ではドイツ共産党から(本人の同意なしに)候補者に推されている。
1958年、ハイデルベルクにて死去。89歳没。
工業立地論


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