建築設計競技 建築設計競技の概要

建築設計競技

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/12/10 15:16 UTC 版)

建造物、特に公共的な用途が高い建物の設計者を決める方法として、施主が複数の設計案を募集してその中から優れた案を選ぶというコンペが行われることが多い。公平性を保つことや、能力のある新人にチャンスを与えられること、優れた建築家に依頼することができるなどのメリットがあるが、コンペの開催により費用が増大する側面もある。

誰に設計を頼むかという問題に関しては、歴史的には施主が指名する方式が広く見られた。例えば国王がお気に入りの建築家に設計させるものから、出入りの棟梁に自宅の改築を頼んだり、知り合いの建築士に設計を依頼したり、というのがこの方式である。

コンペには、公募により行われる公開コンペと、複数の建築家を指名しその中で競わせる指名コンペがある。また詳細な実施案として提出する前に、まず構想・コンセプトを問うプロポーザル方式アイデアコンペという形式もある。この場合、例えばまずイメージ案とコンセプトを公募方式で募って、1次審査で候補者を絞り、次に詳細な図面を提出させて2次審査で決定する、という二段階コンペになる。

建築史上では、ルネサンス期のイタリアで行われた設計コンペが有名であり、後世の規範にもなった。コンペのあり方については様々な議論を呼んできたが、今日、公共的な建造物を造る際にはコンペで設計者を選ぶ方式が望ましいと考えられている。

なお現在の日本の公共建築の場合、複数の建築設計事務所等を対象に入札を行い、最も安い価格を提示した者に依頼する「設計入札」が行われることが多いが、日本建築家協会は建築家のプロフェッションを守る立場からダンピングだとして反対している。

海外のコンペ事例

  • サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドーム(フィレンツェ)
  • オペラ座(ガルニエ宮・パリ)
  • ウェストミンスター宮殿(国会議事堂・ロンドン)
  • イギリス万国博覧会博覧館設計競技(1850年)
  • ニューヨーク水晶宮コンペティション(1851年)
  • ウィーン宮廷ミュージアム建設設計競技(1867年)
  • ベルリン大聖堂コンペティション(1868年)
  • プロイセン国会議事堂コンペティション(1872年)
  • ハンブルク市庁舎コンペティション(1878年)
  • プロイセン技術建築局主催フランクフルト中央駅コンペティション(1880年)
  • プロイセン国会議事堂コンペティション(1882年)
  • ライプツィヒ裁判所コンペティション(1885年)
  • ドイチェスハウス協会集会所コンペティション(1887年)
  • ヴィルヘルム1世記念碑設計競技(1890年)
20世紀以降
  • ハーグ平和会館国際オープンコンペティション(1897年)
  • ハーグ平和宮(国際司法裁判所)1906年開催
  • パリ・メトロ駅舎コンクール(1899年)
  • ミラノ大司教座聖堂のファサード計画国際コンペティション(1887年)
  • アウクスブルクシナゴーグ建設のための建築コンペ 1912年
  • オホートヌィ・リャッド労働宮殿(モスクワ)1922年
  • モスクワ新聞ビューロー「レニングラード・プラウダ」コンペ(1924年から1925年)
  • レーニン人民の家(1924年)
  • ブリヤンスクソビエトの家(1924年)
  • パリ万国博覧会 (1925年)パヴィリオン・コンペティション
  • モスクワ鉱山管理研究所(1925年)
  • モスクワ繊維会館(1925年)
  • エレクトロ組合ドム・コムーナ(1925年)
  • モスクワ・エレクトロバンク(1926年)
  • モスクワ・スモレンスカヤ市場プロジェクト(1926年)
  • モスクワ・ルスゲルドルグ(1926年)
  • ドニエプル河電力センターオープンコンペティション(1926年)
  • シカゴ・トリビューン (Chicago Tribune)
  • 国際連盟会館(ジュネーブ)(1927年開催、CIAM結成のきっかけになった)
  • ヴィープリ図書館(1927年)
  • スターリングラード文化宮殿(1928年)
  • モスクワ・ディナモ会館(1928年)
  • Asneftポンプステーション(1928年)
  • ロシア・ツェントロソユーズ・コンペティション(1928年)
  • レーニン図書館建築コンペティション(1928年)
  • ヴァイマール帝国議会堂拡張計画設計競技(1929年)
  • ハバロフスク・ソビエトの家コンペティション(1929年-1930年)
  • イヴァノヴォ・ヴォツネセンクスの共同住居(1929年-1930年)
  • スヴェルトロフクク・ウラル工業省プロジェクト(1930-1931年)
  • 前政治犯協会会館(1930年)
  • スターリングラード住居コンビナート(1930年)
  • ロストフ・アン・ドン・ソビエト庁舎(1930年)
  • イヴァノヴォ・ヴォツネセンクス大劇場(1930年)
  • スヴェルドルロフスク大劇場(1932年)
  • スヴェルドロフスク大劇場(1932年)
  • ジェルジンスカヤ地下鉄駅コンペティション
  • レニングラード学生コミューンコンペティションプロジェクト
  • ベルリン国立銀行オープンコンペティション(1933年)
  • パラッツォ・リットリオ設計競技(1937年)
  • EUR会議場設計競技応募案(1938年)
  • ドイツ国立銀行設計競技(1933年)
  • アレクサンダー広場改良オープンコンペティション
  • モスクワ赤の広場のナルコムチアジプロムNarkomtiazhpromビル(1934年)
  • 重工業省モスクワ庁舎(1934年)
  • クラースヌィエ・ ヴォロータ駅(クラスナヤ・ヴァローダ)地下鉄駅コンペティション(1935年)
  • ソビエト・ウクライナ大衆劇場(ウクライナ・ハリコフ劇場, 1931年開催、川喜田煉七郎が4位に入選)
  • ソヴィエト宮殿(ソヴィエトパレス)国際オープンコンペティション
  • 韓国国会議事堂競技設計
  • プジョービル国際競技設計
  • ダブリン大学キャンパス競技設計
  • 国連住宅供給コンペティション(マニラ・ペルー 1969年)
  • ヴィヴァーヴィーゼ高層集合住宅設計競技(1950年)
  • タンザニア共和国TANU党本部ビル・国会議事堂国際オープンコンペティション
  • クアラ・ルンプール新国際空港ターミナルビル・国際オープンコンペティション
  • ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディア・テクノロジー・センター)
  • パリ国立図書館
  • 人権ビルナシオン広場
  • ハノイ市オフィス
  • 国連本部(ニューヨーク)
  • W.H.O.本部
  • シドニー・オペラハウス
  • シンガポール・IT複合施設
  • ジョルジュ・ポンピドー・センター
  • ラ・デファンス高層ビル(パリ)
  • 欧州中央銀行新社屋
  • ニューヨーク近代美術館
  • ウフィツィ美術館・新玄関(フィレンツェ)
  • ホンコン・ピーク
  • ジェファーソン・ナショナル・エクスパンション・メモリアル
  • ストックホルム南墓地(スコーグスシュルコゴーデン
  • ワールドトレードセンター跡地
  • ベルリン自由大学国際競技設計(1963年)
  • ブレーメンドーム広場パビリオンコンペ
  • 住区計画全欧競技設計(ボー・ベダー誌) 1966年
  • イスラム文化センター国際競技設計(1979年)
  • オルセー美術館改造(1979年)
  • ヴィレット科学産業都市博物館(1980年)
  • ヴィレット音楽産業都市博物館(1980年)
  • アラブ世界館(1981年)
  • パリ・バステューユ新オペラ座国際オープンコンペティション(1982年)
  • フランス大蔵省新庁舎(1982年)
  • 新凱旋門グレートアーチ(1983年)
  • パリ新オペラハウス国際設計競技 1983
  • ベルリンのユダヤ博物館
  • 音楽舞踏都市(1985年)
  • モルガン・スタンレー銀行設計競技(1986年)
  • バタノスタースクエア国際指名設計競技(1987年)
  • バイエル社インフォメーションセンター国際指名設計競技(1987年)
  • フランス・エクサン・プロヴァンス国際指名設計競技(1990年)
  • パリ・日仏文化会館国際オープンコンペティション 1991
  • トゥールーズ国際指名設計競技(1990年)
  • タンザニアTANU党本部ビル国際競技設計
  • ペルージア「フォンティベッギビジネスセンター」 国際競技設計
  • ミュンスター広場のシティーハウス国際建築デザインコンペティション
  • スコットランド建築デザインセンター国際公開コンペ - 1996年
  • 新アレクサンドリア図書館
  • Mid Wales Center for the Art コンペティション(1995年)
  • バーベルスベルグ国際指名設計競技(1995年)
  • スコットランド建築デザインセンター国際公開コンペティション(1996年)
  • シドニー現代美術館新館国際設計競技(1997年)
  • 国際決済銀行増築国際設計競技(バーゼル 1998年)
  • 中国国家大劇院国際設計競技応募案(1998)
  • 中国国家大劇院国際設計競技 (1998)
  • ヨーテボリ世界文明博物館 国際設計競技 1999年
  • 欧州中央銀行国際建築コンペティション 1999年
  • セント・ジョーンズ・アベイ宿泊研修施設国際建築設計競技 2000年
  • ピノー現代美術館国際設計競技 2001年
  • トリノ文化センター 国際設計競技 2001年
  • アテネ・エフェメラル国際設計競技 2001-02
  • 大エジプト博物館国際設計競技 2002
  • 中国・天津博物館国際指名設計競技(2001年)
  • 中国・天津泰達広場国際指名設計競技(2001年)
  • リートベルグ美術館増築国際指名設計競技(2002年)
  • モンジュイック2展示会場拡張計画国際指名設計競技(バルセロナ 2002年)
  • ニューミュージアム現代美術館国際指名設計競技(ニューヨーク 2003年)
  • アミアン現代美術館国際指名設計競技(アミアン 2004年)
  • 韓国釜山エコセンター国際設計競技(2004年) 
  • ミラノ フィエラ・オフィス国際指名設計競技(ミラノ 2004年)
  • ゲント市文化フォーラム 指名設計競技 2004年 ベルギー
  • ヴュルツブルク中央駅周辺再開発計画の建築コンペ 2006年 
  • 台湾・高雄国家芸術センター・国際コンペティション(2007年)
  • 台北駅周辺開発・空港高速線駅計画
  • 台湾・台中メトロポリタンオペラハウス
  • 台湾・高雄スタジアム
  • バイエルン社植物防疫研究センター国際指名設計競技
  • アブダビ国会議事堂国際オープンコンペティション
  • バーゼル文化施設「Stadtcasino」増築棟設計者採用コンペティション
  • WTC跡地再開発設計競技
  • アイルランド文化庁舎設計競技
  • ローマ国立現代美術館 国際設計競技
  • ヨーロッパ中央銀行新社屋国際設計競技
  • ナム・ジュン・パイク・ミュージアム国際設計競技
  • Beic図書館国際設計競技.(イタリア)
  • 高雄國家藝術文化中心国際設計競技
  • ピエールスラージュ美術館国際設計競技 フランス
  • グアダラハラ公立図書館国際設計競技メキシコ
  • 台北ポップミュージックセンター国際設計競技
  • ワルシャワ・ユダヤ歴史博物館国際設計競技. ポーランド
  • グラナダ Performing Arts Center国際設計競技
  • アレクサンドリア図書館国際設計競技
  • アルメラ市文化センター国際設計競技
  • シドニー現代美術館国際設計競技
  • カルダー美術館国際建築設計競技
  • 天津博物館設計競技
  • ドゥースブルグ市商業複合施設国際指名設計競技
  • 台中市庁舎国際設計競技
  • ブザンソン芸術文化センター国際設計競 フランス
  • U2タワーデザイン国際設計競技
  • 國映館プロジェクト国際設計競技
  • ベネツィア ゲートウェイ国際設計競技
  • スコットランド国際博物館設計競技
  • ゴレ・メモリアル国際設計競技
  • 故宮博物院南部別院国際設計競技(台湾、嘉義県)
  • カリアリ現代美術館国際設計競技-イタリア
  • イスタンブル・クチュクチェクメジェ都市計画国際設計競技-トルコ
  • UIAバルセロナZAL地区国際設計競技
  • ベトナム国会議事堂 設計競技
  • 韓国キョンギ故宮博物院南部別院国際設計競技

日本のコンペ事例

日本でコンペが実施されるようになったのは国会議事堂の計画と深い関わりがある。明治10年代の官庁集中計画以来、議事堂建設の計画が度々持ち上がったが、財政上から仮建築のままであった。日露戦争後、本建築への機運が高まり、大蔵省臨時建築部が建設計画を進めたが、建築学会会長の辰野金吾らは官僚主導の計画を批判し、公開コンペの開催を要求していた。その頃まで、実際に建築界でコンペが行われることは少なかったが、明治末の頃から次第に実施される機会が増えてきた。なお、明治~昭和中期のコンペでは建築家を選ぶのではなく、優れたデザインを選ぶものと考えられ、当選者が実施設計まで担当することは少なかった。また、設計者の著作権を尊重するという発想に乏しく、応募案から選んだものに審査員などが大きく手を加えることは普通であった。

日本における建築設計競技の初期の事例である。1912年(明治45年)に当時の中堅建築家による指名コンペが行われた結果、岡田信一郎案が1等当選。その後、辰野片岡建築事務所(辰野金吾片岡安)が修正を加えて実施した。岡田信一郎は原案のみであり、実施設計には関与していない。
  • 明治神宮宝物殿
1915に実施され、大森喜一の案が1等当選。1等案は採用されず、後藤慶二案(3等)に近い校倉造となり、大江新太郎が実施設計を担当した。
  • 大阪朝日新聞社臺所設計圖案懸賞(1915年)
  • 大阪市美術館新築設計圖案懸賞(1919年)
  • 国会議事堂
1919年(大正8年)に公開コンペが行われ、宮内省内匠寮の渡辺福三案が1等に当選した。1等案をはじめ西欧追随的な案ばかりであり、当時の若手建築家らが建築会を組織して抗議運動を展開し、再競技の実施を決議したり、下田菊太郎が議会に請願書を提出し無効を訴えるといった一幕もあった。また、当選案は大きく設計変更されて実施されることになった。議事堂は1920年に着工、1936年竣工した。
  • 神戸市公會堂設計圖案懸賞(1922年)
  • 大阪府廳舍及府會議事堂建築意匠設計懸賞(1922年)
  • 旧建築學會會館建築意匠設計懸賞(1923年)
  • 日比谷公会堂
1923年の指名コンペにより佐藤功一案が1等となった。関東大震災による中断の後、佐藤自身が当初案を大きく変更して実施した。
1923年の公開コンペにより前田健二郎らの案が1等となった。関東大震災による中断の後、当選案は破棄され、佐藤功一はじめ早稲田大学の教授らが改めて設計を行い、実施した。
  • サンフランシスコ万国博覧会日本政府出陣用陳列棚設計競技
  • 日清生命保険株式会社社屋建築設計競技
  • 名古屋市庁舎公開建築設計競技
  • 東京帝室博物館(東京国立博物館
1931年に公開コンペが行われた。要綱に「日本趣味を基調とする東洋式」と規定があり、日本インターナショナル建築会から拒否声明文が発表された(これに対して中村鎮が無意味だと批判した)。渡辺仁案が1等当選。宮内省内匠寮が手を加えて実施した。
  • 神奈川県庁舎
1925年開催。中村順平が応募規程を批判。1等当選案に佐野利器が手を加え、帝冠様式にならうものとした。 
  • 日本生命館公開建築設計競技(日本橋高島屋)
  • 大礼記念館京都美術館公開建築設計競技
  • 軍人会館公開建築設計競技
  • 朝鮮貯蓄銀行本店懸賞設計
  • 明治製菓本郷工場
  • ひのもと会館
  • 大連公会堂
  • 昭和鉄鋼
  • 東京大震災記念建造物
公開コンペが行われたが、前田健二郎の当選案は採用されず、審査員の伊東忠太がまったく異なるデザインで設計した(震災記念堂・復興記念館:現在の東京都慰霊堂)。
  • 北海道新聞社主催野外音楽堂競技設計
  • 学園前総合開発計画競技設計
  • 東京市庁舎建築設計懸賞競技(1934年)
  • 建國記念館懸賞設計(1937年)
  • 大東亜建設記念造営計画
1942年、建築学会主催の展覧会のために開催。丹下健三が1等当選。富士山麓に忠霊を祭る造営計画で鉄筋コンクリート造の神明造りを提案した。
  • 在バンコック日本文化会館
1943年に開催。丹下健三が師の前川国男を抑えて1等当選。寝殿造りのブロックを模したプランであった。(実施されず)
  • 神戸市公会堂コンペティション
  • 明治製菓売店建築コンペティション
  • 広島カトリック聖堂(世界平和記念聖堂
第2次世界大戦後の1948年に公開コンペが行われた。1等当選作は該当なしとされ、審査員の1人村野藤吾が自ら設計を行うことになったため、コンペの公平性などについて大きな議論を呼んだ。
1949年に公開コンペが行われ、丹下健三らが1等当選、実施設計を行った。
  • 大阪国際会議場
  • 大阪府庁舎競技設計・周辺整備基本計画指名コンペティション
  • 仙台市公会堂懸賞設計圖案 1949年
  • 日本自治労連会館建築設計競技 1950年
  • 下関市庁舎コンペティション 1950年
  • 鎌倉美術館案競技設計(1950年)
  • 神奈川県近代美術館設計競技(1951年)
  • 天理教東京会館(仮称)-懸賞競技設計(1951年)
  • 日本銀行金沢支店指名設計競技(1951年)
審査員岸田日出刀が選出した佐藤武夫案を時の総裁一万田が撤回し、山下寿郎案に。岸田は日銀顧問を辞任。佐藤の参加作品を撤収。
  • 小倉市庁舎新築指名設計競技(1952年)
町の郵便局のような平面構成にした佐藤武夫が当選。岸田日出刀が審査員
  • 外務省独立庁舎指名設計競技(1952年)
参加報酬と審査側の謝礼が少なく、委員の一人岸田日出刀は外務省を批判。
  • 東京空港ビル指名設計競技(1952年)
あらかじめ実施設計が松田平田設計にきめられていて、当初の指名者は応募を拒否。その後すぐに6人を指名した。内5名が提出し1等なしとなると5名は異議を申し立て、その結果「設計合同協議会」なる形で基本設計を行うことになる。
  • 名古屋放送会館懸賞競技設計(1952年)
  • 神奈川県中小企業会館指名設計競技(1953年)
応募要綱は先に定めず、クライアント、審査員、応募者三者で同じテーブルについて考えを進めて相談してから起草された。佐藤武夫が当選し、県分庁舎も担当することに。
  • 岡山県庁舎指名設計競技(1953年)
前川国男が当選。石川栄耀らが審査員で、模型の写真提出を条件にしている。
1952年、指名コンペにより丹下健三が1等当選、実施設計を行った。
1954年、公開コンペで大高正人らMID同人が1等当選、基本設計を行った(実施設計は建設局営繕局)。
  • 沖縄市民会館
  • 奄美大島文化会館
  • 市民体育館設計競技(1958年)
  • 三木市庁舎建築設計競技(1959年)
  • 福岡県文化センター設計競技(1960年)
  • 練馬区庁舎設計競技(1962年)
  • 日本武道館
1963年、指名コンペで山田守が1等当選、実施設計を行った。
木島安史のドーム型と秋元和雄の近隣埋没型の勝負となり、秋元案が当選。
1963年、公開コンペで大谷幸夫菊竹清訓らが争い、大谷案が当選。
1963年、木造モチーフ(校倉造り風)を採り入れた岩本博行が率いる竹中工務店設計部の案が当選(清水建設設計部の案も入賞していた)。実施設計は建設省営繕局が行い、施工は竹中工務店が受注した。
このころ国のプロジェクトで公開のコンペを実施すると、ゼネコンが組織を挙げて設計して入選していた。1965年に実施された日本建築センターコンペの大林組のケースも同様であったが、設計をとったゼネコンが施工までを受注していた。
  • 浪速芸術大学競技設計(1964年)
  • 国立国際会館設計競技(1964年)
  • 最高裁判所庁舎
1968年の公開コンペにより、鹿島建設設計部に所属する岡田新一の案が採用された。工事受注についての公正さを保つ(設計・施工の分離)ため、実施設計に当たって岡田は鹿島建設から独立し自身の設計事務所を組織した。施工は鹿島建設が受注。このころから官公庁発注コンペの応募資格についていろいろ意見が出されていた。
  • 箱根国際観光センター競技設計 1970年
  • 泉北ニュータウン、光明池プロジェクト、コンペティション 1972年
  • 大阪府泉北ニュータウン光明池幼稚園設計競技 1973年
  • 大阪府泉北ニュータウン近隣ショッピングセンター競技設計, 1973年
  • 愛川町「中津保育園」指名設計競技, 1974年
  • 開成町「開成幼稚園」指名設計競技, 1975年
  • 開成町「文命中学校」指名設計競技, 1976年
  • 城山町「相模丘中学校」 指名設計競技, 1976年
  • 御殿場市民会館指名設計競技 
  • 三条市民会館指名設計競技
  • 裾野市庁舎指名設計競技
  • 武蔵村山市庁舎指名設計競技
  • 西尾市民文化会館指名設計競技
  • 袋井市民病院指名設計競技
  • 厚木市民会館指名設計競技
  • 勝田市市民総合体育館指名設計競技
  • 和歌山市民会館指名設計競技
  • 釜石市民会館指名設計競技
  • 敦賀市民会館指名設計競技
  • 長崎芸能資料館指名設計競技
  • 名護市庁舎
  • 徳島県新庁舎コンペティション 1979年
  • 「東京屋台空間」国際設計競技
  • 堺市ふれあいの森設計コンペティション
  • 日本火災株式会社軽井沢厚生寮公開建築設計競技
  • 習志野商工会議所・会館公開建築設計競技
  • 芦屋浜集合住宅設計競技
  • 春日市光町共同利用施設競技設計, 福岡県春日市. 1981年
  • 太田市社会教育総合センター 競技設計. 1981
  • 福井県立美術館指名設計競技
佐藤武夫事務所が当選。1980年第21回BCS賞を受賞する
  • 秋田県果樹試験場本館建築設計競技(1981年)
  • 名古屋市芸術創造センタ-設計競技(1981年)
  • 荻須記念館全国公開設計競技(1982年)
  • 新潟市立美術館指名設計競技 1983年(昭和58年)
  • 練馬区医師会館指名設計競技 1984年(昭和59年)
  • 日本火災海上軽井沢厚生寮公開設計競技 1984年(昭和59年)
  • 日本歯科医師会館指名設計競技 1985年(昭和60年)
  • 駒ケ根市文化公園施設群公開設計競技(1984年)
  • 横浜市港湾局みなとみらい2ドックパーク基本計画設計競技(1985年)
  • 石垣市民会館指名設計競技(1985年)
  • 全労済会館公開建築設計競技(1985年)
  • 四条アーケード設計競技(1985)
  • 新国立劇場
1986年、公開コンペを経て、竹中工務店設計部に所属する柳澤孝彦の案が採用された。コンペの規定により(設計・施工の分離)、柳澤は独立して自身の設計事務所を組織し、実施設計に当たった。施工は竹中工務店を含むJVが受注した。
1986年、指名コンペにより、すでに大御所だった丹下健三の案が選ばれた。議事堂が取り囲む市民広場などが実現したが、そのシンボリックで威圧的な超高層のフォルムに疑問をはさむ声もあった。(後に、丹下は近隣の新宿パークタワーも手がけ、一帯の超高層ビルのフォルムにある種の秩序を与えた。)
丹下案についで支持されたのは”ツインタワー”の案であった。機能的には丹下案よりも優れているとも言えたが、審査員からは「首都東京の庁舎としては格調にかける」といった意見も出て採用されなかった。しかし、竣工後には丹下案の格調の高さが「贅沢すぎる」といった批判を生むことになった。(新都庁舎コンペ参照)
  • 全労済会館公開建築設計競技(1986年)
  • 東京都設計事務所健康保険組合熱海リフレッシュセンター建築設計競技(1987年)
  • 三重県口腔保健センター競技設計, 1987年
  • 愛知県新文化会館(名城地区-図書館)(1986年)
  • 愛知県新文化会館図書館競技設計, 1987年
  • 愛知県新文化会館公開設計競技 1987年(昭和62年)
  • 愛知県芸術文化会館コンペティション 1987年
  • 秋田総合婦人会館(アトリオン)提案競技
  • 日本コンベンションセンター(幕張メッセ
  • 坂本龍馬記念館公開設計競技 1987年(昭和62年)
  • 尼崎記念競技設計
  • 東京造形大学キャンパス指名設計競技 1987年(昭和62年)
  • 三島市文化会館指名設計競技 1988年(昭和63年)
  • 愛知県新文化会館(栄地区)(1988年)
  • 富山県科学情報センター指名設計競技 1988年(昭和63年)
  • 東洋大学白山キャンパス指名設計競技 1988年(昭和63年)
  • 青山製図専門学校校舎公開設計競技 1988年(昭和63年)
  • 千代田生命広尾本社ビル事業コンペ 1988年(昭和63年)
  • 星田アーバンリビング・デザインコンペティション(1988)
  • 大阪国際平和センター(ピース大阪)建築設計コンペ 1988年
  • 関西国際空港ターミナルビル
当初国内設計会社らの手で決まりつつあったビル設計案を覆して国際公募コンペが行われ物議をかもした。基本設計コンペは、国内線フロアを国際線の到着と出発フロアで上下から挟み込むパリ空港公団案が勝利をおさめ、それに基づく建築設計コンペではイタリア人のレンゾ・ピアノが勝利した。ただし彼はターミナルビルの周りの建物(鉄道駅やホテル、管理棟、管制塔など)をトータルに設計することはできず、ターミナルビルと周りのビルの不調和には不満を漏らしている。
大林組竹中工務店が争ったが、結局両者の案の長所を取り入れる形となった。
  • 大阪堂島毎日新聞社事業コンペ 1989年(平成元年)
  • 北海道立帯広美術館(1989年)
  • 北海道立帯広美術館構想設計競技(1989年)
  • 御茶ノ水駅公開設計競技 1989年(平成元年)
  • 京都駅ビル
京都の景観論争とからんで、様々な議論を呼んだコンペである。最高120mまでの高さが許容されたが、最終的に勝利したのはもっとも高さが低い(それまでの高さ規制60mに収まる)原広司の案であった。
  • 世田谷区宮の坂地区会館・宮の坂駅(世田谷線)公開コンペ
  • バイエルン社京都薬品研究センター国際指名設計競技
  • 文京区シビックセンター指名設計競技 1989年(平成元年)
  • アクロス福岡
  • 湘南台文化センター公開コンペ
  • 東京国際フォーラム設計競技(1990年)
  • 富山県警察本部指名設計競技 1990年(平成2年)
  • 墨田区科学学習センター指名設計競技 1990年(平成2年)
  • 日仏文化会館設計競技(1990年)
  • 大阪国際平和センター平和資料館(1990年)
  • 埼玉県平和資料館(1990年)
  • 小田原市体育館指名設計競技 1991年(平成3年)
  • 都営地下鉄12号線駅舎公開コンペティション 1991年
  • 星田アーバンリビング・デザインコンペティション
  • 北海道立中央水産試験場構想設計競技(1991年)
  • 茂原市庁舎指名設計競技 1992年(平成4年)
  • ヤクルト独身寮公開建築設計競技 1992
  • 沖縄県立武道館公開設計競技 1992年(平成4年)
  • 兵庫県立芸術センター指名設計競技 1992年(平成4年)
  • 黒部市国際文化センター指名設計競技 1992年(平成4年)
  • 松原市市庁舎設計競技(1992年)
  • 奈良市民ホール国際建築設計競技(1992年)
  • 京都市コンサートホール(1992年)
  • 宮崎県住宅供給公社住宅設計競技設計(1992年)
  • 相模原市立体育館指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 北海道立近代文学館構想設計競技(1993年)
  • 新潟県十日町文化会館指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 名取市斎場競技設計(1993年)
  • 桐生市文化会館指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 新潟県長岡市音楽堂指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 青梅市庁舎指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 浦和市コミュニティセンター指名設計競技 1993年(平成5年)
  • 桶川市近代文学館セミオープンコンペ 1993年(平成5年)
  • 埼玉県立近代文学館及び桶川市民ホール建築設計競技(1994年)
  • 中原中也記念館建築設計コンペティション(1993年)
  • 東北歴史博物館設計競技(1994年)
  • 七類港多目的ターミナル設計コンペ 1994年
  • ヤクルト社員厚生寮公開設計競技 1994年(平成6年)
  • 関西国際交流センター指名設計競技 1994年(平成6年)
  • 草野心平記念館競技設計(1994年)
  • 名取市文化会館競技設計(1994年)
  • 郡山メッセ(ビッグパレット)競技設計
  • 仙南総合芸術センター(えずこホール)競技設計
  • 仙台文学館 1994年(平成6年)
  • せんだいメディアテーク 1994年~1995年
  • 環境科学国際センター建築設計指名コンペティション 1995年
  • 水俣メモリアル国際設計競技 1995年
  • 横浜港大さん橋国際客船ターミナル国際建築設計競技(1995年)
  • 国立国会図書館関西館建築設計競技(1995年)
  • 北海道立釧路芸術館構想設計競技(1995年)
  • 北海道立体育センター構想設計競技(1995年)
  • 平田町タウンセンター施設整備公開設計競技 1996年
  • 長岡文化創造フォーラム(仮称)設計競技 1996年
  • 埼玉県環境科学国際センター(1996年)
  • 埼玉県立看護福祉大学設計競技(1996年)
  • 砂丘博物館コンペティション 1997年
  • 師勝町総合福祉センター設計競技 1997年
  • 札幌ドームプロポーザル国際設計競技  1997年
  • 鳥取砂丘博物館公開設計競技 1997年
  • 道議会庁舎等構内整備構想設計競技(1997年)
  • 北海道立北方四島交流施設構想設計競技(1997年)
  • 鴻巣市文化センター設計競技(1997年)
  • 中伊豆町保健福祉センター競技設計, 1997年
  • 伊豆長岡町屋内温水プール競技設計, 1997年
  • 0123はらっぱ公開設計コンペティション 1998年
  • 山形県立山形駅西口文化施設設計プロポーザル 1998年
  • 京都簡易保険新型健康増進施設公募型プロポーザル設計競技 1998年
  • 国立組踊劇場公募型プロポーザル設計競技 1998年
  • 石川県小松市宮本三郎美術館設計コンペティション(1998年)
  • 中和市福祉施設設計コンペティション(1999年)
  • 広興小学校設計コンペティション(2000年)
  • 台湾健民小学校設計コンペティション(2000年)
  • 車籠埔小学校設計コンペティション(2000年)
  • うつくしま未来博エコファミリーハウス国際設計コンペ 2000年
  • 青森県大畑中央保育所設計コンペティション(2000年)
  • 青森県立美術館設計競技 2000年
  • 平成の二畳台目・茶室コンペティション 2000年
  • 白石市ふれあいプラザコンペティション 2001年
  • 南飛騨国際保養地健康学習センター設計コンペティション(2001年)
  • 松之山ステージ・自然科学館設計コンペティション(2001年)
  • 花のミュージアム(仮称). 設計プロポーザルコンペ 2002. 2001年.
  • 吉祥寺サンロードアーケード. デザインコンペ 2001年
  • 佐世保近海航路ターミナル 設計競技 2001年
  • いわきの家設計競技 2001
  • 江古田の集合住宅建築設計競技 2001年
  • 大湖道の駅企画・設計コンペティション(2002年)
  • 直潭コミュニティセンター設計コンペティション(2003年)
  • 風間浦保育所指名コンペティション(2003年)
  • 南方熊楠研究所設計コンペティション(2003年)
  • 安中環境アートフォーラム国際設計競技 2003年
  • ミキモト銀座2設計競技 2003年
  • 中之島新線駅企画デザインコンペティション 2004年
  • 松崎中学校プロポーザルコンペ, 2004年
  • 志摩町志摩中学校競技設計, 2004
  • 小川村郷土館指名コンペティション(2004年)
  • 阿里山祝山駅駅舎、沼平駅駅舎設計競技(2004年)
  • 只見町国民健康保険朝日診療所増築整備事業公募型プロポーザル競技 2004年
  • 岩見沢駅舎建築デザインコンペティション(公募型プロポーザル設計競技 2005年)
駅舎の設計競技では国内で初めて公募型を導入した。ワークヴィジョンズの西村浩の設計案が採用され、竣工後はグッドデザイン大賞のほか日本建築学会賞やアルカシア建築賞など国内外の数々の賞を受賞している。
  • 豊田市生涯学習センター逢妻交流館移転新築設計競技 2006年
  • 山形大学工学部創立百周年記念会館コンペティション 2006年
  • 塩尻市大門中央通り地区市街地再開発ビル設計者選定競技(2006年)
  • 知床斜里複合駅舎公募プロポーザル(2006年)
  • 新浦安駅前プラザILMALE
  • 新美南吉記念館公開設計競技、愛知県半田市岩滑
  • 邑楽町役場庁舎等設計者選定住民参加型設計提案競技
  • なら100年会館国際コンペ
  • 奈良市民ホール国際設計競技
  • 新潟市民芸術文化会館コンペ
  • 埼玉県環境科学国際センターエスキース 指名コンペ
  • 国立国会図書館関西館国際公開コンペ
  • 国立国際美術館 公募プロポーザルコンペ
  • 武蔵野市吉祥寺シアター(仮称)設計プロポーザル
  • 武蔵境新公共施設(武蔵野プレイス(仮称))設計プロポーザル
  • 青森県北国住宅計画国際コンペ 2002年
  • 同志社大学情報メディア施設計画プロポーザルコンペ 2001年
  • 東村立富弘美術館設計国際コンペ 2001年
  • 高円寺会館
  • 立川市新庁舎設計競技
  • 月輪山潟統合小学校建設工事基本設計業務委託簡易コンペ
  • 天童市さとうレディースクリニック設計競技
  • 山形県平田町タウンセンター建築設計競技
  • (仮称)ふるさと学習館設計競技 宇部市
  • (仮称)中原中也記念館公開設計競技, 山口市
  • 新同窓会パビリオン設計競技 京都工芸繊維大学60周年基金委員会事業部会
  • 福島市庁舎プロポーザル
  • 栃木県立博物館の設計競技案
  • 那須 100 年コミュニティ 設計競技
  • (仮称)城下町ホール
  • 十和田市野外芸術文化ゾーンアートセンタープロポーザル 2005年
  • 沖縄国際交流情報センター設計競技
  • 町田新市庁舎
  • 鬼石町多目的ホール「仮称 おにし屋内広場」 設計者選定住民参加型設計提案競技
  • 墨田区北斎館(仮)基本設計プロポーザルコンペ
  • ぐんま総合情報センター設計競技
  • 弟子屈中学校・学校給食センター改築基本計画設計競技 (弟子屈町) 2007年
  • 蘭越保育所・学童保育施設建設設計競技 (蘭越町立蘭越保育所改築検討委員会)
  • 宇土市立宇土小学校プロポーザルコンペ 2008年
  • 大多喜町庁舎プロポーザルコンペ 2009年



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