ピアノソナタ (リスト) 評価

ピアノソナタ (リスト)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/23 20:09 UTC 版)

評価

この作品が発表された当時、この曲の賛否は分かれ長い間議論が交わされた[3]。出版直後の1854年、リストと交流のあったルイス・ケーラー英語版は『新音楽時報』上でこのソナタを評して、主題の「美しさと遠心力」、明確な対比を称賛し、主題変容の巧妙な用法や、作品全体の芸術性を評価している[14]アントン・ルビンシテインはこの曲が新しい形式問題を投げかけていることを理解し、リヒャルト・ワーグナーは「このソナタは、あらゆる概念を超えて美しい。偉大で、愛嬌があり、深く、高貴で――君のように崇高だ」とリストに書き送っている[3]

一方、シューマンの妻でヴィルトゥオーサピアニストであったクララ・シューマンは、夫ロベルトの自殺未遂から間もない1854年5月25日の自分の日記に「ただ目的もない騒音にすぎない。健全な着想などどこにも見られないし、すべてが混乱していて明確な和声進行はひとつとして見出せない。そうはいっても、彼にその作品のお礼を言わないわけにはいかない。それはまったく大儀なことだ」と苛立ちの気持ちを書き残し[15]、 またリストら新ドイツ楽派に批判的な音楽評論家のエドゥアルト・ハンスリックは、1881年のビューローの演奏を聴き「ロ短調ソナタは、ほとんどいつもむなしく動いている天才の蒸気製粉機である。ほとんど演奏不可能な、音楽の暴力である。私はいまだかつて、支離滅裂な要素がこれほど抜け目なく厚かましくつなぎあわされたものを聴いたことがない。(...)この作品を聴いて、しかもなかなかの曲だと思うような人は、もうどうすることもできない」と、新聞で酷評した[3][注 3]。同様に、初演を聴いてSpenersche Zeitung紙に辛辣な評を寄せたグスタフ・エンゲルドイツ語版にはビューローが紙上で反論し、激しい論戦となった[16]

しかし、リストの弟子たちやフェルッチョ・ブゾーニらによって演奏が重ねられるうち、1920年代にはプログラムによく上るようになり[17]、ピアノソナタはリストの代表作になった[4][3]ばかりでなく、19世紀のピアノ音楽全体でも特に重要な作品の一つと認められ[18][4]、現在に至るまで多くの名演奏が生まれているようにピアニストにとって重要なレパートリーとなっている。ブレンデルは「ベートーヴェンシューベルトのソナタに次いで最も独創的で力強く知性に溢れたソナタであり、大規模な構成を完全に制御しきった規範ともいうべき作品である」[19]と、ケネス・ハミルトン(Kenneth Hamilton)は「古のアレクサンドリア図書館の本のように、ロ短調ソナタ以外全てのリストの作品が炎の中に消えたとしても、このソナタはリストを最も偉大なロマン派の作曲家の一人に位置付けるに十分だろう」[20]と述べている。


注釈

  1. ^ 現存する唯一のピアノソナタ。リストは1825年(14歳)にも3曲のピアノソナタと1曲の四手連弾のためのソナタを作曲しているが、いずれも紛失している。うちヘ短調のもの(S.692b)とハ短調のものは冒頭の断片が遺されている[1]
  2. ^ ウォーカーは、完成したソナタをシューマンが入院前に耳にしたとする証拠はないとしている[5]
  3. ^ 新自由新聞英語版1881年2月28日付。
  4. ^ ただし20世紀初頭の時点で、オイゲン・シュミッツドイツ語版[22]エルンスト・フォン・ドホナーニ[21]同様の解釈を行っている。
  5. ^ ウォーカーは「ソナタを覆うソナタ」(a sonata across a sonata)[7]カール・ダールハウスは「単一楽章性における多楽章性」(Mehrsätzigkeit in der Einsätzigkeit)[25]と表現している。
  6. ^ シャロン・ウィンクルホーファー(Sharon Winklhofer)はこれに従わず、副次楽章(slow sub-movement)を含む単一楽章制としている[21]
  7. ^ レスリー・ハワードの録音は24分04秒、ワレリー・アファナシエフの録音は41分38秒をかけている。
  8. ^ 野本やアミ・ドメル=ディエニー英語版は、動機bと動機cを一つの主題の前・後半としている[8][29]
  9. ^ ニューマンは導入部の存在を認めず、ロングイヤーやドメル=ディエニーは動機aまでを導入部、動機bを提示部の開始としている[21][29]
  10. ^ ウィンクルホーファーは、主題上の提示部(第1小節~)と調性上の提示部(第32小節~)が分離していると分析する[21]
  11. ^ ウィンクルホーファーや野本は第205小節から[8]、ロングイヤーは第179小節から[21]、ドメル=ディエニーは第171小節から展開部が開始しているとする[29]
  12. ^ ウォーカーは、リストにとって嬰ヘ長調は、「孤独の中の神の祝福」「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」、「ダンテを読んで」の「天国」を表す部分、「エステ荘の噴水」のような作品に使われる、「神聖な」「至福の」調であると述べている[32]
  13. ^ ウィンクルホーファーは、この第453小節からを全体における再現部としている[21]
  14. ^ 自筆譜では楽譜が書かれず、「第2頁へ 数字を振られた21小節間を繰り返すこと」(第32-52小節を指す)と注記されている[33]
  15. ^ コーダの開始は、ロングイヤー、ウィンクルホーファーは第650小節から[21]、ドメル=ディエニー、ブレンデルは第711小節のAndante sostenutoから[35][31]、野本は第729小節からとしている[8]

出典

  1. ^ Hamilton 1996, pp. 15–16.
  2. ^ Walker 1989, pp. 150.
  3. ^ a b c d e f 野本 2011, pp. 5–6.
  4. ^ a b c Herttrich 2016.
  5. ^ a b Walker 1989, pp. 156–157.
  6. ^ ピアノソナタ ロ短調 - ピティナ・ピアノ曲事典
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p Walker 1989, pp. 151–156.
  8. ^ a b c d e f g h i j k l 野本 2011, pp. 6–12.
  9. ^ Carter 2006, p. 11.
  10. ^ 福田弥『〔作曲家・人と作品〕リスト』音楽之友社、2005年、196頁。 
  11. ^ a b Walker 1989, pp. 150–151.
  12. ^ ブレンデル 1992, p. 235.
  13. ^ ジョーゼフ・ホロヴィッツ 著、野水瑞穂 訳『アラウとの対話』みすず書房、2003年、159頁。 
  14. ^ Carter 2006, pp. 155–156.
  15. ^ ナンシー・B・ライクドイツ語版『クララ・シューマン -女の愛と芸術の生涯-』高野茂訳、音楽之友社、1986年、425頁。
  16. ^ Hamilton 1996, p. 70-71.
  17. ^ Hamilton 1996, pp. 71–72.
  18. ^ Walker 1989, pp. 149.
  19. ^ ブレンデル 1992, p. 232.
  20. ^ Hamilton 1996, p. ix.
  21. ^ a b c d e f g h i j Hamilton 1996, pp. 28–34.
  22. ^ a b c d Moortele, Steven Vande (2009). Two-Dimensional Sonata Form: Form and Cycle in Single-Movement Instrumental Works by Liszt,Strauss, Schoenberg, and Zemlinsky. Leuven University Press. pp.35-37
  23. ^ Hamilton 1996, pp. 43.
  24. ^ ドメル=ディエニー 2005, pp. 67, 73.
  25. ^ Carl Dahlhaus (1988). "Liszt, Schönberg und die große Form Das Prinzip der Mehrsätzigkeit in der Einsätzigkeit". Die Musikforschung 41 (8): 202-213
  26. ^ Hamilton 1996, p. 11.
  27. ^ Hamilton 1996, pp. 15–22.
  28. ^ a b c d Walker 2001, pp. 774–775.
  29. ^ a b c d e f g h i ドメル=ディエニー 2005, pp. 64–75.
  30. ^ a b c d e f g h i j k l Hamilton 1996, pp. 34–48.
  31. ^ a b c d e ブレンデル 1992, pp. 233–241.
  32. ^ Walker 1989, p. 154.
  33. ^ 野本 2011, p. 16.
  34. ^ ドメル=ディエニー 2005, p. 76.
  35. ^ ドメル=ディエニー 2005, p. 77.
  36. ^ Hamilton 1996, pp. 56–58.
  37. ^ a b Carter 2006, pp. 44–61.
  38. ^ Carter, Gerard; Adler, Martin (2011). LISZT PIANO SONATA MONOGRAPHS: Arthur Friedheim's Recently Discovered Roll Recording. Wensleydale Press. p. 20 
  39. ^ Hamilton 1996, p. 49.





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