ティアティラ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/07 01:33 UTC 版)
位置
ペルガモの南東60キロ、ヘルムス川の支流リュコス川に沿う肥沃な平原地帯にある。
歴史
シリアのセレウコス1世が設立して、テアテラと命名し、マケドニア人を入植させたが、ユダヤ人も多数居住していた。前190年にセレウコス朝が滅亡すると、一時ペルガモ王国に所属した。後に、前133年にローマ軍に侵略されて、ローマ帝国の統治下に組み込まれた。もともと、軍事的前哨基地として建設されたが、パックス・ロマーナの時代になると、商業都市として発展した[1]。
聖書
ヨハネの黙示録に登場するアジアの7つの教会の第4番目に登場する。この町には太陽神テュリムノスを祭る神殿があり、ユダヤ教と異教の混交宗教がはびこり、不道徳な習慣が蔓延していた[1]。黙示録は、このような状況下にあったクリスチャンを励ましたものである[1]。
参考文献
- 1 ティアティラとは
- 2 ティアティラの概要
- ティアティラのページへのリンク