臥牛山自然動物園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 06:43 UTC 版)
古くから臥牛山には野生のサルが生息しており、昭和29年に当時の岡山県知事三木行治を会長として臥牛山野猿保存会が発足した。翌年2月より京都大学の識者の指導の下、本格的な餌付けが開始され、高梁市はサル生息地を「臥牛山自然動物園」の名で一般公開した。昭和31年には臥牛山サル生息地として国の天然記念物に指定された。 その面積は国有林を主体とし、約2ヘクタールであった。サルのケージを設置し、事務所・休憩所・倉庫・駐車場を整備した。 昭和44年4月からは高梁川観光開発へ運営を委託。 サルの生息数は、開園時は約80匹ほどであったが、その後200匹以上に増加した。群れの縄張りは、臥牛山の他に佐与谷、狐谷にわたる700ヘクタールほどに及んだとされる。一部には脱出し山伝いに遠方へ移動したサルもいた。寝床は天神丸山や大松山にあったが、夏には小松山に移動していた。毎朝7〜8時頃に餌場に出没し、15〜17時頃には寝床に戻っていた。 後年には奇形をもつ個体が産まれることが多くなり、30匹以上が確認されたこともある。 その後、入場者が減少と、サルの生息状態の悪化により、より自然に近い状態に戻すため、一元的な保護管理を高梁市教育委員会で行うこととし、平成3年(1991年)12月をもって閉園した。 現在は、約160頭が群れを形成、生息地指定区域を中心に周囲を遊動している。
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