聖なる象徴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/07 01:30 UTC 版)
超自然的な存在に訴えかける活動は、そのような訴えかけが非常に間接的で些細なもので、単に「聖なるものが存在し人間の側からの反応を待っている」という一般的な信仰を表現しているのみであっても、儀礼として扱われることが多い。たとえば、国旗は国家を表す記号であるのみではなく、「自由」、「民主主義」、「自由経済」、「国家的優越」といったものを示す象徴でもある。人類学者のシェリー・オートナーによれば、旗はこうした諸観念の間の論理的連関についての反省を促進するものではなく、それらが社会の現実の中で一定の時間的・歴史的持続の間に展開された際の論理的帰結について考えさせるものでもない。まったく逆に、国旗はこのようなパッケージ全体への一種の「全か無か」の忠誠を迫るものであり、「われわれの旗を愛せよ。さもなくば去れ」という言葉によってもっともよく表されるところのものである。 聖化というプロセスを通じて個別の物体を聖なる象徴にすることもできる。これによって「俗なるもの」から切り離された「聖なるもの」を効果的に作り出すことができるのである。ボーイスカウトや各国の軍隊では、旗を畳んだり敬礼したり掲揚したりする際の公式な作法が教えられており、旗を一片の布切れとして扱ってはならないということが強調されている。
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