石原フランス語蔑視裁判
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2004年10月19日、石原慎太郎東京都知事は、東京都立大学を改組して設立する「首都大学」の支援パーティーで「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが反対のための反対をしている。笑止千万だ」などと述べた。 小畑の所属する日本カナダ文学会(当時多湖正紀会長)などからも事実に反する発言の撤回が求められたが、なしの礫であったため、フランス語学校校長のマリック・ベルカンヌを中心に謝罪広告など請求訴訟が2005年7月13日起こされ、東京地裁で争われた(敗訴)。小畑は原告の一人として、2005年9月30日には第一回口頭弁論で、意見陳述を行った。また、2005年7月、明治大学の同僚フロランス小川たちと、エスプリをきかして電卓とフランス語参考書をプレゼントして、「フランス語で数が勘定できることを夏休みに勉強してください。また、文化の多様性を理解しあうことの重要性も同時に学んでください」と要望書を提出した。
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