改軌の影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/22 07:57 UTC 版)
「ブリストル・テンプル・ミーズ駅」の記事における「改軌の影響」の解説
1854年5月29日、ミッドランド鉄道はブリストルからグロスターまでの路線に3本目のレールを敷いて三線軌条にし、ブリストルの北にある炭鉱へ引き続き広軌の貨物列車が走れるようにする一方で、標準軌の旅客列車も運転できるようにした。サウス・ウェールズ分岐点に設けられた側線により、双方の軌間の貨車の間で貨物の積み替えができるようになっていた。グレート・ウェスタン鉄道は広軌で運転を続けたが、1873年9月3日、標準軌のブリストル・アンド・ノース・サマーセット鉄道 (Bristol and North Somerset Railway) を開業させた。この鉄道は、テンプル・ミーズ駅からロンドン方向へ約0.5 マイル(約0.8 km)のところに分岐点があったので、この地点まで三線軌条が延長された。翌年、ウィルツ・サマーセット・アンド・ウェイマス鉄道 (Wilts, Somerset and Weymouth Railway) の標準軌への改軌にともなって、三線軌条はさらにバースまで延長された。さらに1875年5月16日には、ボックストンネルも三線軌条化され、ブリストルからロンドンまでの全区間で標準軌の列車が走行可能になった。しかしテンプル・ミーズ駅より西にはまだ広軌の区間が残り、ロンドンからペンザンスやデヴォン・コーンウォール方面への直通列車は引き続き広軌の列車で運転された。貨物は、ブリストル・アンド・エクセター鉄道のパイル・ヒルにある操車場で積み替えていた。 1875年6月1日にブリストル・アンド・エクセター鉄道はブリストルからトーントン (Taunton) まで三線軌条に切り替えたが、エクセターまでの残りは1876年3月1日まで掛かった。その3ヵ月後にブリストル・アンド・エクセター鉄道はグレート・ウェスタン鉄道に合併した。エクセターより先の残りの路線は、1892年5月21日に標準軌に改軌され、テンプル・ミーズ駅の広軌用線路は使われなくなり、単純な標準軌の配線に切り替えられて撤去された。これにより、駅を改築して2線の乗り場を増設することができた。
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