愛媛大学と地域史研究
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帰郷した年、1951年発足した「愛媛大学歴史学研究会」に参加して、その「月報」にいくつかの論考を残している。「日本の近代化を進めたものと阻んだもの」、「うれうべき日本史の取扱い」など、戦後の新しい時代の息吹と若き歴史学者・篠崎勝の心意気が垣間見えるようである。その頃、愛媛県知事から愛媛の労働者の歴史を書いてほしいと依頼された。そのためにはまず愛媛の労働者の生活と運動を明らかにする資料を編纂して労働者・住民の共有財産とすることを考えた。『資料愛媛労働運動史』全9巻(1958年~1965年)をまとめた。久松革新県政の時代に依頼されたが、保守県政に鞍替えして出版をしぶったが、この膨大な地域労働運動資料集が学会からも注目され、全巻が刊行された。また、愛媛県史編纂委員会副委員長として『愛媛県史概説(上・下)』(1959~60年、副知事が会長)をまとめた。また愛媛大学の学際的な協同で発足した「愛媛大学地域社会総合研究所」では、1955年から3年間、「地域社会の民主化」を基本テーマにして、『地域社会における民主化の構造―「住友大国」における労働者の形成―』をまとめた。 経済学・歴史学・法学・社会学・教育学・倫理学等の各分野から研究者が参加して、新居浜の教員などの協力も得、現地調査をふまえてまとめあげた。篠崎勝の強い意見もあり、住友幹部なども参加した公開報告会が開催された。 篠崎勝は1953年からおよそ10年間今治綿業に関する実証研究をすすめた。今治綿業を通しての、原始的蓄積過程、マニュファクチャ段階、産業革命期から大正期の一般的危機の時代の労働者の形成と対立関係を明らかにした。
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