徳丸峠
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/06 10:01 UTC 版)
「石川県道251号志賀鹿西線」の記事における「徳丸峠」の解説
邑知地溝帯北側の眉丈山系中部にある峠。標高は約100m。特に能登部側が急カーブが連続する急勾配の坂道となっており、古くから交通の難所であった。1918年(大正7年)に「後山新道」として幅員が2間の道路が設けられたものの、後山地区を中心とした住民がバス運行を可能とする道路を求める声を高めたことから、1958年(昭和33年)4月に来町した陸上自衛隊の部隊によって拡幅工事が行われた。工事の際に当峠から削り取った土砂は、鹿西町立鹿西中学校(現在の中能登町立鹿西中学校)の運動場整備に充てられた。その量は大型ダンプカー250台分であったものの、開削された土砂の中には大小の石が混在していたために、運動場としての用途を成さず再整備までに至ったという逸話がある。トンネル開通前までは通年通行可能であったものの、トンネル開通後は後山側からのみアクセスが可能となっており、能登部側は閉鎖されている。なお、路線バスは1961年(昭和36年)4月21日に開通し、後述の眉丈山トンネルが開通するまでは当峠を経由し、頂上部には峠名である「徳丸峠」バス停が設置されていた。
※この「徳丸峠」の解説は、「石川県道251号志賀鹿西線」の解説の一部です。
「徳丸峠」を含む「石川県道251号志賀鹿西線」の記事については、「石川県道251号志賀鹿西線」の概要を参照ください。
- 徳丸峠のページへのリンク