岡崎城とは? わかりやすく解説

おかざき‐じょう〔をかざきジヤウ〕【岡崎城】

読み方:おかざきじょう

岡崎市にある城。徳川家康祖父松平清康居城とし、家康もここで生まれ一時本拠とした。明和6年(1769)以降本多氏が在城。第二次大戦後、天守閣復興。竜が城。

岡崎城の画像

岡崎城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/16 09:46 UTC 版)

岡崎城(おかざきじょう)は、三河国岡崎藩(現在の愛知県岡崎市康生町)にあった日本の城徳川家康の生地である。別名、龍城。


注釈

  1. ^ 岡崎市の乙川の南側は明大寺町明大寺本町上明大寺町南明大寺町東明大寺町などの町がある。『岡崎市史 第參巻』(1927年刊行)は、「明大寺」の名の由来としてこう述べている。「明大寺、もとは妙大寺としるし、(中略)妙大寺の名は寺號より出でたるものと思はるるが、浄瑠璃姫の傳説に因んで居るのは眞僞俄かに判じ難い」[6][7]
  2. ^ オト リバーサイドテラスの階段側面に「平岩城跡(明大寺古屋敷跡)」と題する案内板が掲示されている。発掘調査時の大溝跡と堀立柱建物跡の航空写真、見取り図などにより、位置が確認できる。
  3. ^ 渥美郡大草」を額田郡と読み替えての類推[8][9]

出典

  1. ^ 岡崎市指定文化財目録”. 岡崎市. 2013年6月2日閲覧。
  2. ^ 夏目可敬編著『參河國名所圖繪 下巻』愛知県教育会、1934年。 
  3. ^ a b 岡崎城跡整備基本計画 平成28年度改訂版 - 資料編・奥付・裏表紙” (PDF). 岡崎市教育委員会 (2017年3月). 2021年12月30日閲覧。
  4. ^ オト リバーサイドテラス、階段側面の案内板「平岩城跡(明大寺古屋敷跡)」。
  5. ^ a b c 岡崎城跡整備基本計画 平成28年度改訂版 - 第2章 岡崎城跡の概要” (PDF). 岡崎市教育委員会 (2017年3月). 2021年12月30日閲覧。
  6. ^ 岡崎市明大寺町の地名の由来について知りたい。”. レファレンス協同データベース. 国立国会図書館 (2019年10月31日). 2021年12月31日閲覧。
  7. ^ 柴田顕正 編『岡崎市史 第參巻【復刻版】』名著出版、1972年10月5日、312-317頁。 
  8. ^ 「寛政譜」新訂1巻141項。
  9. ^ 『新編岡崎市史2』563頁。
  10. ^ a b 堀江登志実. “人物探訪 七代 清康”. みかわこまち. エムアイシーグループ. 2021年12月30日閲覧。
  11. ^ 『岡崎城―城と城主の歴史』 2019, p. 5.
  12. ^ 三浦正幸監修・編集『CG復元 よみがえる天守』新人物往来社 2001年(ISBN 4-404-02767-2
  13. ^ 岡崎公園|岡崎おでかけナビ - 岡崎市観光協会公式サイト
  14. ^ 岡崎城の展示リニューアルについて”. 岡崎市ホームぺージ (2022年5月24日). 2022年5月25日閲覧。
  15. ^ “来月16日から休館 岡崎城 大河に合わせ改装”. 東海愛知新聞. (2022年5月25日). http://fm-egao.jp/tokai/220525.php 2022年5月25日閲覧。 
  16. ^ a b 服部壮馬 (2023年1月22日). “観光客初日から盛況 岡崎に大河ドラマ館開館”. 中日新聞. 2023年1月24日閲覧。
  17. ^ 観光みやげ店 おかざき屋”. 岡崎市観光協会公式サイト. 2023年1月24日閲覧。
  18. ^ 柴裕之 著「松平元康との関係」「桶狭間合戦の性格」、黒田基樹 編『今川義元』戎光祥出版〈シリーズ・戦国大名の新研究 第1巻〉、2019年6月。ISBN 978-4-86403-322-0 
  19. ^ 新行紀一「城代支配下の岡崎と今川部将松平元康」『新編 岡崎市史 中世』第3章第4節第5項・第6項、1989年。/所収:大石泰史 編『今川義元』戎光祥出版〈シリーズ・中世関東武士の研究 第二七巻〉、2019年6月。ISBN 978-4-86403-325-1 
  20. ^ a b c d e “岡崎城、400メートル石垣確認 国内最長、江戸期の絵図通り”. 中日新聞. (2016年4月5日). https://web.archive.org/web/20160408054900/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016040590085036.html 2016年4月5日閲覧。 
  21. ^ a b 岡崎市議会 平成19年12月 定例会 12月04日-22号”. 岡崎市 会議録検索システム. 2021年12月31日閲覧。
  22. ^ a b 東海新聞』1958年4月11日、1面、「落花の城跡でクワ入れ式 舞あがる平和の鳩 復興完成と岡崎城地鎮祭」
  23. ^ 愛知新聞』1959年3月31日、1面、「参列者一堂讃美の声しきり 岡崎城復元完工式盛大に終る」。
  24. ^ 『中部日本新聞』1959年2月19日付朝刊、三河版、4面、「岡崎城物語 (7)」。
  25. ^ 『中部日本新聞』1959年2月20日付朝刊、三河版、4面、「岡崎城物語 (8)」。
  26. ^ 岡崎城 | 施工実績 | 清水建設
  27. ^ 沿革|岡崎城(天守閣)|特集|岡崎公園|岡崎おでかけナビ - 岡崎市観光協会公式サイト
  28. ^ a b c 『愛知新聞』1959年3月25日、1面、「勇姿、花をふんまえて きょう岡崎城が完成」。
  29. ^ 中部日本新聞』1958年4月11日付朝刊、三河版、4面、「平和のシンボル 輝く〝復興碑〟 お城跡では盛大に地鎮祭」。
  30. ^ 菅生曲輪・切通し発掘調査位置図”. 岡崎市. 2015年7月9日閲覧。


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