小荷物営業変動の波の中で
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 08:01 UTC 版)
「鉄道荷物会社」の記事における「小荷物営業変動の波の中で」の解説
経済成長による荷動き自体の増や、新聞・週刊誌の普及等による輸送需要増等を乗り切るのに鉄道荷物会社は一定の役割を果たし、宅配便が台頭する1970年代後期においても国鉄と共に小荷物営業を支えていた。1980年代前半の鉄道情報誌の記事でも、鉄道荷物会社やその従業員についての記述や写真を散見することができる。 宅配便に対抗して国鉄が小荷物営業のテコ入れを図り、宅配サービス等を付加した新商品「宅配鉄道便Q」(小荷物輸送に宅配サービスを付加したもの)や「ひかり宅配便」(小荷物輸送に取次店での引受サービスと宅配サービスを付加したもの)を打ち出すと、鉄道荷物会社はトラックによる駅からの集配輸送をも担い、全国輸送網を構築することになったものの、新商品も利用が低迷したまま1986年(昭和61年)に国鉄の小荷物営業自体の廃止方針が定められることとなる。この時点では、小荷物の全国輸送網自体は形態を変えて維持する方針であった模様で、「ひかり宅配便」はブランド名を変えて鉄道荷物会社の営業に移管し、荷物列車に代えて鉄道コンテナで幹線輸送を行うといった計画が示されてはいた。 鉄道荷物会社にとって、国鉄の小荷物営業の全廃は駅での荷扱い業務受託の全廃を意味し、大きな打撃を蒙ることとなった。「ひかり宅配便」の営業移管方針も、特に取り扱い荷物数の少ない地方線区の社には重荷であり、21社のうち6社(北関東鉄道荷物・水鉄開発・中央開発・長野鉄道車両整備・福鉄開発・分鉄開発)が「ひかり宅配便」の業務から脱退。これらのケースを含め、各社は乗車券宅配や「ひかり直行便」(新幹線レールゴーサービスにバイクによる集配サービスを付加したもの)等の新規業務に取り組む一方で、多数の離職者発生に対し雇用保険法による雇用調整助成金の支給を受けて人員整理を進めつつ国鉄分割民営化を迎えることとなった。
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