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北関東

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/19 23:56 UTC 版)

日本 > 関東地方 > 北関東
北関東のデータ
3県の合計
日本の旗 日本
面積 18,867.12km²
総人口 6,956,323
(2011年11月1日)
位置
北関東の位置
4県の合計
面積 22,664.37km²
総人口 14,160,892
(2011年11月1日)
位置
北関東の位置

北関東(きたかんとう)は、関東地方の北部を指す名称である。同じく関東地方の南部を指す呼称として南関東がある。

目次

概要

関東地方の北部、茨城県栃木県群馬県の3県、もしくは埼玉県を加えた4県を指した地域の呼称である。3県を指して使用する場合は埼玉県は一般に南関東に含まれる。

各種用語使用範囲

「北関東」が含まれる主な用語は以下のとおり。

  • 北関東工業地域:茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県に広がる工業地域
  • 北関東自動車道:茨城県、栃木県、群馬県を横断する自動車専用道路
  • 北関東選挙区:茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県の衆議院比例代表選出議員選挙区
  • 北関東防衛局:茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、新潟県、長野県の防衛管理業務を管轄する防衛省の組織

範囲の分類

県別の分類

北関東三県(茨城県+栃木県+群馬県)
茨城県・栃木県・群馬県の3県。人口は、3県合計で約698.5万人。
北関東四県(茨城県+栃木県+群馬県+埼玉県)
茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県の4県。人口は4県合計で約1415万人。国政選挙の選挙区では、首都圏一都七県を東京ブロック(東京都)、南関東ブロック(千葉県+神奈川県+山梨県)、および、北関東ブロック(上記4県)としている。また、カトリック教会のさいたま教区や日本聖公会の北関東教区の範囲はこの4県である。

地域圏的分類

北関東(東京大都市圏の北側にある地域圏)
経済的に一体な東京圏(→都市雇用圏)は、埼玉県南東部や茨城県南西部にまで及ぶ。そのため、それらを北関東四県から除いた範囲が「東京大都市圏の北側にある地域」として「北関東」と表現される。
東京圏の南側には、神奈川県の小田原周辺(小田原都市圏)、千葉県の南房総などの東京大都市圏に含まれない地域があり、「東京大都市圏の北側にある地域」=「北関東」に相当する地域となっているが、これらを以って一括りに「南関東」ということはない。そのため、この場合の「北関東」の対義語は存在しない。
北関東四県の内、東京圏に含まれる地域 約700万人
  • 茨城県南西部(県南地域) 約100万人
  • 埼玉県の各大都市周辺広域行政圏 約620万人

歴史的分類

毛野川(鬼怒川)流域
有史以来江戸時代以前の北関東。
律令制が敷かれる以前、毛野川流域には毛野国が成立し、その勢力はヤマト王権吉備国筑紫国に伍するものだったと言われる。下毛野古麻呂は、藤原不比等らとともに大宝律令の編纂にあたった。
律令制が敷かれた奈良時代以降、常陸国は東海道に属し、桓武平氏大掾氏平将門が支配した時代があったが、鎌倉時代以降は他の北関東諸地域と同様に藤原北家小田氏清和源氏佐竹氏の治世となったことから同一地域とみなすのが一般的である。
歴史的に藤原北家流諸氏(宇都宮氏、小田氏、小山氏結城氏佐野氏川野辺氏比企氏那須氏等)や清和源氏流諸氏(足利氏新田氏佐竹氏武田氏高氏等)が支配した地域が北関東であり、桓武平氏流諸氏(鎌倉氏三浦氏千葉氏北条氏秩父氏長尾氏等)が支配した地域は南関東である。
下毛野古麻呂が建立した下野薬師寺は、大和国東大寺筑後国筑紫国筑前国と筑後国に分割)の観世音寺とともに三戒壇に指定され、当時下野国がこの地域の文化の中心地であったことを客観的に示している。なお、日光山を開山したと謂われる勝道上人はこの寺の修行僧であった人物である。
利根川以北
江戸時代後期~明治以降の北関東。旧来の藤原北家流諸氏や清和源氏流諸氏が姿を消し、新田氏徳川家康に近しい親族や旗本譜代大名が変わって入封し、北関東は事実上徳川幕府の自領となった。家康は利根川東遷事業を号令し、利根川・渡良瀬川の河口を江戸湾から現在の銚子市に変更し、干拓/開拓された入間川毛野川の流域は旧来の関東八屋形諸氏の一部領土であった地域も含め南関東に組み込まれ、河口干拓地には江戸が設けられ南関東の中心地となった。
家康は東北を見据える地として日光を自らの墓所と指定し、病没後は徳川秀忠徳川家光によって日光東照宮が造営・改築された。

歴史

現在の関東地方の中央部には利根川が東西に流れているが、この地形になったのは徳川家康の号令で始まった利根川東遷事業が完了した明治時代以降である。それまでの関東地方は中央部(現在の荒川~利根川の間の帯状地)に以下の水系が集まり、大雨の時期には氾濫を繰り返し下流域~河口付近は広大な湿地帯を形成していた。

古墳時代、関東地方には毛野川(けぬのかわ=現在の鬼怒川)流域一体に毛野国(けぬのくに)が成立しており、毛野氏ヤマト王権の中でも大きな発言力を有していたと言われる。

毛野国は北関東の中央部に位置し、開祖は第十代天皇・崇神天皇の第一皇子・豊城入彦命で、毛野氏はその後裔と伝えられる。飛鳥時代後期、毛野氏後裔の下毛野古麻呂藤原不比等らとともにヤマト王権の律令制定(大宝律令大宝元年)の編纂に関わったと言われる。足柄山の金太郎のモデルは下毛野公時で、足利銀行のマスコットキャラクターは金太郎であった。

戦国時代以前、関東地方は藤原氏流あるいは河内源氏流で毛野氏の流れをくむ諸氏の治世であり、都の文化を基盤とした関東独特の文化が培われてきた。しかし織田信長豊臣秀吉による武力革命の後、こうした関東地方の文化を築いた諸名家(足利氏上杉氏佐竹氏武田氏宇都宮氏小山氏結城氏小田氏等)は支配的地位から退くことを余儀なくされた。

主を失った関東の地で、これら諸氏の受け皿となったのが清和源氏義家流新田氏の名を継ぎ江戸幕府の祖となった徳川家康であった。徳川氏は着々と関東各地に親藩旗本譜代大名など腹心を配置し、あるいは直轄地(天領)化し、戦国期の「覇道」的支配体制(武力・苛烈な法をもって治める方法)に代えて「鳴くまで待とう…」に象徴される「王道」的支配体制(仁徳をもって治める方法)を敷いた。こうして江戸時代の間、関東はさしたる大変化や大改革も求められず、(大雑把な意味での)古来の関東平野に根付いた文化が引き続き培われ、更にそれが領主の定期交代によって関東一円で一様化された。

しかし、欧米列強による帝国主義(グローバル化)の波は日本国内に覇道を再起させ、江戸幕府の王道的統治機構を麻痺・崩壊に至らしめた。こうして関東地方は再び大きな主を失うこととなった。倒幕運動戊辰戦争といった武力闘争の末に誕生した明治政府は国家の近代化・列強化、そして中央集権化を「民主的な法」をもって急速に推進し、明治政府の本拠地となった江戸は、中央政府の「近代国家・日本」の象徴・首都東京たるべく急激に改造され、それに見合う「東京文化」が新たに形成された。しかし、その表舞台となった関東地方に根付く旧来の民衆、都市構造、文化といった要素は、「東京文化」に相反するものであり、「東京」との距離が生じる結果となった。

こうした歴史を見ると、関東地方は、「日本の首都・東京を抱える地方」という実状は元より、「古くから関東平野に培われた独自文化が放置され、急激な近代化・列強化した文化に直接曝された地方」という意味合いを背後に含んでいるのである[要出典]

更に南関東が、将に「近代化・列強化」の表舞台となって、急激な変化が一次的に起こった地域であるのに対して北関東は、「利根川水系と関東北部山系の地理的・気候的影響」によって「近代化・列強化」が二次的に起こった地域であり、これが関東地方内における北関東の大きな特徴とも言える。




  1. ^ 茨城県で発生した高病原性鳥インフルエンザ(弱毒タイプ)についての一考察”. 茨城県県北家畜保健衛生所. 2010年8月2日閲覧。
  2. ^ LISTA DE OTRAS ORGANIZACIONES RELACIONADOS”. 茨城県国際交流協会. 2010年8月2日閲覧。
  3. ^ ジョブカフェいばらき”. ジョブカフェいばらき. 2010年8月2日閲覧。
  4. ^ 関連施設紹介”. 筑波大学附属病院. 2010年8月2日閲覧。
  5. ^ 東京新聞2006年10月17日付の記事による。
  6. ^ 2007年度入湯客数 トップ3は箱根町、札幌市、日光市(トラベルニュース)
  7. ^ 宇都宮線両毛線とを直通し、宇都宮と前橋を結ぶ列車は、1日に2往復だけ存在する。
  8. ^ 地域ブランド調査2011 都道府県ランキング - ブランド総合研究所


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