大原重徳とは? わかりやすく解説

おおはら‐しげとみ〔おほはら‐〕【大原重徳】

読み方:おおはらしげとみ

[1801〜1879]江戸末期公卿尊王論唱え安政の大獄連座幕政改革尽力維新後参与

大原重徳の画像

大原重徳

読み方おおはら しげとみ

幕末・明治公卿権中納言重尹の五男。名は常麿、字は徳義、号は益壮。孝明天皇仕え公武の間に奔走、のち参議経て従二位権中納言となる。維新後議定集議院長官などを歴任安政勤王八十八延臣の一人明治12年(1879)歿、78才。

大原重徳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/27 16:11 UTC 版)

大原 重徳(おおはら しげとみ、1801年11月21日享和元年10月16日)- 1879年明治12年)4月1日)は、江戸時代後期から明治期にかけての公卿権中納言・大原重尹の五男。官位従二位・権中納言、正二位


  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』上巻、321頁。


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