号数制の由来
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 20:17 UTC 版)
「号数」の由来については明治末期から大正にかけて、本木が曲尺を単位に策定したものといわれていた。のち印刷研究家・労働運動家の三谷幸吉(1886-1941)が「鯨尺の一分を基準単位として本木がその策定した」と記して以来、活字に関する書籍ではその説に従って記述されてきた。 しかし書体設計者の小宮山博史らによる実際の印刷物の比較検討によって、当初の号数活字は美華書館の明朝活字の流用であったことが明らかになっており、号数制についても美華書館が大きい順に呼び習わしていたものを本木らが固定化した可能性が高いとみられている。 号数と美華書館での活字サイズとの対応は以下のとおり(『活版見本』)。 号数美華書館呼称初号 Four line small Pica 一号 Two line English 二号 Two line small Pica 三号 Two line Brevier 四号 English 五号 Small Pica 六号 Brevier 明治期の文壇において雑誌掲載時の活字の大きさは作家のポジションや原稿料と直結する問題であり、活字の大小を巡ってしばしばトラブルの種になった。
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